第六百六十四話・その後の思い出話
諸事情により、時間が飛びます
人生には問題が山積みだ。
生きている限り、それらは失くなりはしない。
何故かといえば。
それは種族にも年代や性別も関係なく、皆、幸せになりたくて生きているからだ。
欲望には限りがなく、願いは多種多様で、日々変化していく。
「神様ってのは大変だな」
『なんです?。 アタト様は御遣い様として真面目に活動される気になったのですか』
はあ、そんなわけあるか。
ダークエルフ族との交流が始まって10年の月日が流れた。
僕は今年で20歳となり、元の世界でいえば成人になる。
アタト商会はエテオールでは知らない者がいない有名商会となり、僕は毎日、決済の書類に埋もれている。
「アタトー。 ズラシアスから報告書が来たぞ」
「あー、ツゥライト。 そこに置いといて」
現在、ツゥライトを傭兵派遣部門の長として、こき使っている。
ダークエルフ傭兵部隊は、最近ではズラシアスにも進出していて、迷宮の最下層50階の攻略に挑んでいた。
「ツゥライトさん。 何度言ったら分かるんですか!、靴の泥くらい落として来てくださいよ」
キランは統括執事長になり、ますます口煩くなった。
早く嫁を探してやらねばならんな。
「ひゃー」と、ツゥライトは報告書をキランに押し付けて逃げて行く。
「おや。 スーとドンキ夫妻にまた子供が生まれるようです」
キランは、一番上にあった紙をピラリと僕に渡してくる。
エンディの妹のパーメラシア王女がエテオール国の大使として、ズラシアス首都に赴任して5年になる。
その前に、うちの商会の支店を大使館内に作ることになり、設営部隊としてドワーフの職人を率いてドンキとスーが先に国を渡った。
どさくさに紛れて、2人は結婚して行ったので、辺境地のドワーフ街では大騒ぎだったらしい。
「いい気味ですよ」
と、ドワーフのお婆様は笑っていた。
後でスーに3番目の子供が生まれることを教えてやろう。
アタト商会の経理担当ドワーフのお婆様は現在、町の商人組合から独立している。
町中にある、アタト商会の経理部門専用の新しい建物が職場だ。
種族を問わず優秀な者を引き抜いてきて、かなり大きな組織になってしまった。
最近では様々な店の経営相談まで請け負っている。
「それは構わないけど、サンテの報告はどうなった?」
僕はキランに書類の束の中から探すように指示する。
パーメラシア王女の希望で、サンテが商会代表として大使館に常駐。
ドワーフの行商人ロタ氏、トーレイス商会のマテオさんが頻繁に出入りして情報を送ってくれている。
迷宮のお蔭で資金は潤沢だし、魔獣素材の取引はズラシアスよりエテオールのほうが経験が豊富なため、取引先には困らない。
「ありました、これですね。 はあ、ようやく婚約に漕ぎ着けたようですよ」
「やっとかー」
サンテは僕より年上の21歳。
パーメラシア王女も確か同じ年齢だろ。
「ゴリグレン様もまだ、がんばってるんだなあ」
権威の落ちた教会の立て直しに活躍していたズラシアス国の高位貴族ゴリグレン司祭。
パーメラシア王女の母親の再婚相手で、彼女を本当の娘以上に可愛がっている。
「10年もがんばったんですから、そろそろ折れる頃ではないですか?」
以前、サンテに「サッサと子供でも作ればいいのに」と言ったことがある。
「そんなことしたら、ゴリグレン様に殺されます」
と、本気で怖がっていた。
日頃から威圧感がすごいらしいよ。
それに、ズラシアスの教会からも魔道具の引き合いが増えた。
ズラシアスでも書道が流行り始めているのだ。
それには理由がある。
「ティファニー様の影響が大きいですね」
「ああ。 司祭になられたからな」
兄の戴冠式のため一時帰国したティファニー嬢は、王族籍に復帰したにも関わらず、農場に戻って来た。
「わたくし、『精霊国』の司祭になりますわ!」
そう言って家族を黙らせて戻って来たのだ。
元々王族や貴族の子女は学校で神学を学ぶ。
つまり神職になる資格は持っていたのである。
お蔭で『精霊国』の初代司祭となり、ティモシーさんと2人で教会を運営している。
湖の街に出来た修練場という名の、神職体験型施設の宿も順調だ。
ズラシアスを始め、国内からも毎年多くの希望者が訪れ、そのまま神官見習いになる者たちが増えた。
教会の人手不足も解消されて、良い傾向である。
「御遣い様関連の土産物も飛ぶように売れてますしね」
「ブッ」
止めてくれ。
その話を聞く度に胃が痛くなる。
ガビー工房の今の主力商品が、御遣い姿の僕を題材にした銅版画や銅板栞になってきた。
偽物が出回る前に、スーが御遣い様用の意匠まで作り、その模様が付いた食器や文房具が売れに売れている。
今でも教会では御遣い用の絵画の販売は禁止されているが、裏では模造品が流通しているそうで。
似ても似つかぬ、その絵画が気に食わなくて腹が立つ。
『おや、エンディ様がいらしたようですね』
モリヒトが扉を開く。
「きやーん」と幼い女の子が駆け込んで来て、キランに抱き付く。
「いらっしゃいませ、エンディ様、ご息女様」
キランが出迎えの挨拶をしている間も、幼女はキランの脚にスリスリしている。
「毎度すまんな、キラン」
苦笑するエンディは、クロレンシア夫人との間に一男一女の2人の子供を儲けた。
下の女の子がキランが異常にお気に入りで、しょっちゅうやって来る。
そのため、エンディ領主館とこの本部地下には直通の移動魔法陣が設置されていた。
こちらにやって来るのはエンディにとっては子守と息抜きなので、たまになら良いが、あまりにも頻繁なのはどうかと思うぞ。
キランに子守を任せ、モリヒトが淹れたお茶で僕も休憩にする。
「しかし、あの時は大騒動だったな」
一息吐きながらエンディが懐かしそうに話すのは、いつものことだ。
「なんのことですー」
僕は目を逸らす。
もう忘れてもらえないかなー。
「何を言う。 お前が剣術大会にダークエルフの女性戦士を派遣したんだろうが!」
ダークエルフ族を世間にお披露目した日のことである。
女性のみが出場出来る剣術大会。
エンディ領と隣りの大旦那の領地で合同開催となった、あの日。
僕は無理にお願いして出場者枠を一つもらった。
「あの闘技場は魔法を無効化しますからね」
人間に擬態して現れた女性は、ダークエルフの戦士だったのである。




