第六百六十二話・息子の話は禁止
「アタト。 お前、オレの子じゃないか?」
ツゥライトが急にそんなことを言い出した。
ダークエルフの父と白いエルフの母親か。
絶対にない、とは言えないが。
僕は首を横に振る。
「そんなこと、僕が分かるわけないです」
歳が近かろうが、顔や魔力が似ていようが、僕は僕。
育ててくれたのは森のエルフのじっちゃんだ。
「本当にそうだと言うなら、その母親を連れて来てくださいよ」
そうしたら信じてもいいかな。
ツゥライトは昔話を始める。
「彼女は長く人族と生活していたから、性格は人間に近かったんだ」
エルフ特有の傲慢さや排他主義もない。
そこは、エルフの中で育っていなかったのは良かったかもな。
「百年近く一緒に生活してて、赤子が宿ったと知ったときは、涙を流して喜んでいたよ」
しかし、まともな教育を受けていなかったエルフの女性は、初めての妊娠で精神的に不安定になっていた。
無理もない。
周りに異種族しかいない隠れ里。
頼れる者はツゥライトしかいないのだ。
そんな中で、この男はもっと恋人を不安にさせた。
「異種族間の子供は、とても珍しいんだよ」
特別な子供だと言いたかったんだろうが、彼女はそれがどういうことか調べてしまった。
ーー異種族間の子供を『奇跡の子』としてありがたがるのは人族に多く、血統主義のエルフ族は『異端の子』として捨てることもあるーー
このまま生まれたら、我が子は『異端の子』として迫害されるのではないか。
彼女は、その不安に苛まれていく。
そして、もうすぐ生まれるという頃になって事件が起きた。
彼女があまりにもお腹の子を大切にするため、闇の精霊が主のツゥライトが蔑ろにされたと思い込んで腹を立てたのだ。
『ツゥライトと赤子、どっちが大事なの?』
彼女を問い詰めた。
守ってくれるはずの恋人の眷属精霊にそんなことを言われるなんて、かなり困っただろうな。
『それはー』
闇の精霊がモゴモゴと口を尖らせる。
「赤子の方が大事に決まってますよ」
精霊にはそれが分からない。
僕の答えに目を丸くする。
『精霊は子供を産まないし、眷属なら主が一番だもの!』
「ああ、まあ、お前はそうだよな」
ツゥライトは眷属精霊の言葉にため息を吐く。
その数日後に、身重の恋人は姿を消したという。
聞けば聞くほど、そんな男の息子にはなりたくないと思う。
「失礼ですが、僕はあなたに似ていないと思います」
顔は、母親だというエルフの女性に似ているかも知れないが、ツゥライトには全く似ていない。
強いていうなら、ダークエルフだというところだけだ。
「そ、そうか」
ツゥライトはガックリと肩を落とした。
アタトは一度、亡くなっている。
だから、精霊王によって異世界から呼ばれた僕がアタトの体に入ることになった。
原因は、この男と眷属精霊だ。
「あなたがなんと言おうと僕は認めないし、これ以上、その話は禁止です」
僕はツゥライトに宣言した。
「ええっ、そんなー」
「どこかで話をする時に、勝手に僕を息子にしないでくださいね」
「わ、分かったよ」
「その代わりと言ってはなんですが、取り引きしませんか?」
僕は商売の話を始める。
「アタト商会で買い取らせてほしいんです」
「魔獣の素材を?」
僕は頷く。
「それと、戦力になる者を雇いたい」
この農場の教会警備隊だけでなく、町の警備兵や辺境伯領兵。
人手不足の場所はいくらでもある。
「アタト商会に所属してもらい、必要な場所に派遣する。 つまり戦力を売る商売をしようと思うんです」
「ふむ。 魔獣が減って狩りをする者は余ってはいるが」
それは好都合。
「出来れば、その前に実力を見せて頂いても?」
「ほお。 ダークエルフの戦闘力を見たいと」
ツゥライトの目がキラリと輝く。
「はい」
僕たちは広場へと向かう。
もう、いい感じに出来上がっている者が多い。
「アタト様はこちらに」
ハナが席に案内してくれる。
あの日、僕に見せたがっていた新しい服を着ていた。
「ありがとう」
眩しい笑顔で世話を焼いてくれる。
ハナの新しいスライム型魔物は腕輪に仕込んでいる。
筒状になった幅広の腕輪だ。
「女の子の服に魔物を入れるなんて!」
と、スーが大反対し、容れ物を装飾品に見えるように作ってくれた。
「これならオシャレだし、服を着替えてもこれは替えないから、魔物もあちこち移動しなくて済むでしょう?」
なるほど。
ハナの魔力自体は日頃から漏れるほどの量ではない。
おそらく緊張したり、興奮したりすると漏れる。
サンテほど大きくなくてもいいはずだ。
魔物には、その場合にだけハナの魔力を抑えるように言い聞かせておいた。
ウゴウゴが。
ツゥライトがダークエルフの若者を連れて来た。
「彼が手合わせしたいそうだ」
「分かりました」
ドワーフをはじめ酔っ払いが多い中、緊張しているのか、彼らはあまり飲んでいない。
まあ、会ったばかりだし、まだ完全に打ち解けていないだろうからな。
「よろしくお願いします」
僕は立ち上がり、簡単な戦闘の出来る服に着替える。
モリヒトが広場の隅に模擬戦闘するための結界を張った。
「アタトくん」
僕たちの行動に気付いたティモシーさんが傍に来て、
「私に相手をさせてほしい」
と、申し出る。
ツゥライトが頷き、僕も頷く。
「分かりました」
一番手は譲るか。
軽い手合わせのはずだが、模擬店は思ったより白熱する。
「うおーっ」「もっとやれー!」
観客たちも白熱していた。
煩い。
でも楽しい一体感だ。
『そこまで』
モリヒトが止めるまでやり合って、双方ともに満足そうだ。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
ティモシーさんが認めた腕なら文句はない。
「ツゥライトさん。 彼らと正式に傭兵として雇用契約をお願いします」
僕は礼を取る。
「それには、一つ条件がある」
ツゥライトがニヤリと笑う。
「オレはアタトと手合わせがしたい」
それは構わないけど。
「勝ったら、お前の家に一緒に住まわせろ」
はあ?。 邪魔臭いヤツだな。
「勝ったら、ね」
僕はそう言って結界に入る。
「アタト様、がんばれーっ!」
ガビーの声がした。




