第六百六十一話・闇の精霊と魔獣
申し訳ありませんが、
昨日、午前中に前話を書き直しています
ご確認ください
絶対に農場や人族には迷惑を掛けないと約束させる。
ツゥライトは喜んだ。
「ありがたい。 農業のことも知りたいしな」
あれ?、ダークエルフは戦闘民族じゃなかったっけ。
現在は魔獣狩りを生業とし、ツゥライトが人間の姿で近くの村や町に素材を売って、必要なものを仕入れて来ているそうだ。
商売としてはアタト商会と変わらない。
遠い昔に人族から被った苦痛は、長命種族である彼らは忘れていない。
まだ積極的に交流する気はないが、やむを得ない事情により代表であるツゥライトが、商人として活動している。
「しかし、このところ魔獣の数が減っていてな」
彼らの狩場は空白地帯周辺の森だ。
あそこには僕が設置した迷宮へと落ちる沼がある。
沼に落ちる魔獣が増え、ダークエルフ族が狩る魔獣が減ったということだ。
「それ、最近のことですよね?」
「そうだが?」
ダークエルフたちは、魔獣狩りが出来ないと収入が減ってしまう。
死活問題である。
まだ、僕が作った迷宮への落とし沼には気付いていないようだ。
闇魔法の気配があっても、仲間の仕業として気にしていないのだろう。
「申し訳ありません、実は森の周辺にー」
僕は頭を下げ、魔獣たちを迷宮に送り込んでいる仕組みを話した。
「そうだったのか」
だから、アンタたちがいると知ってたらやらなかったよ。
はあ、どうするかなー。
広場の宴は、ダークエルフたちとの交流の場になっていた。
まあ完璧な擬態だから人族にしか見えないが。
エルフの耳は多少遠くても集中すれば会話くらいは拾える。
青年たちの代表は、農場の近くにある隠れ里から来たと話した。
「まあ、近くにそんな場所があったなんて」
ティファニー嬢や農場にいたズラシアスの者たちは驚いている。
「実は我々も精霊様のお蔭で生活しておりまして。 こちらと事情が似ていると、興味を持った次第です」
さすがにダークエルフ族だとは言わないか。
皆、ご近所さんになる彼らと情報交換を始めた。
教会の神官控え室内に残ったのは僕とモリヒトとツゥライト。
そして、人間の女性の姿をした闇の精霊だ。
「実は、オレたちもアタトに謝らなきゃならんことがある」
ツゥライトがそう言って闇の精霊を促すと、僕たちの前に大小の黒い箱が二つ現れた。
人がすっぽり入りそうな四角い長方形とその半分程度のもの。
「これはー?」
『すまぬ。 ツゥライトには内緒で私が勝手にやったことだ』
闇の精霊が箱の結界を解除する。
中にいたのは白いエルフの男性だった。
「じっちゃん!!」
つい、大声を出してしまう。
駆け寄り、生きていることを確かめる。
小さいほうの箱はじっちゃんの眷属精霊。
小さな女の子の、透明な羽を持つ妖精の姿の精霊である。
モリヒトがじっちゃんと小さな精霊の様子を確認し、大丈夫だと頷く。
「なっ、なぜ」
こんなことをした!。
僕はきっと怖い顔をしている、それは分かっている。
高位精霊に対して身の程知らずな態度だ。
だけど、家族にこんなことをされて黙っていられない。
『少し話を聞いてほしい』
「まあ座れ」
ツゥライトが僕に座るように促し、テーブルに水の入ったカップを置いた。
沸々とした怒りは消えない。
それでも落ち着こうと努力する。
「アタト、お前に謝ることがたくさんある」
辛そうな顔のツゥライトに、僕は頭が冷めていくのを感じた。
向かいに座った女性型精霊は、ツゥライトに叱られたようで困惑気味だった。
『この白いエルフは、長い間、私たちを付け回していた。 つい最近、町の中にまで入り込んで来たから捕らえただけなんだが』
普通の侵入者なら追い出して終わりだが、何度も見かけた顔ゆえ放っておけない。
さらに眷属らしい精霊も連れている。
これでは、またすぐに戻って来るだろう。
そう判断して、闇の精霊はじっちゃんを闇の結界の箱に閉じ込めた。
『私の判断は間違っておるか?』
たぶん、ダークエルフの町を守る眷属としては間違っていない。
ただ。
「どうして付け回しているか、訊ねましたか?」
『それはー』
闇の精霊は顔を逸らす。
ツゥライトが助け舟を出す。
「コイツは白いエルフに良い印象を持っていない。 ハッキリ言えば嫌っている」
話などしたくないほどに。
「それはすべてオレのせいなんだ」
ツゥライトは手にしたカップを飲み干す。
酒の匂いがした。
「オレには恋人がいた」
その頃は、まだ様々な種族が普通に共存していた。
しかし徐々に人族の数が増え、異種族を圧迫し始める。
彼らは、その数を使って他の種族を見下し、便利な道具のように扱い、珍しい観賞用に捕らえたりし始めたのだ。
真っ先に精霊や妖精といった自然を愛し、魔力のみで生きるものが町から消えた。
ドワーフ族は地下に潜り、必要な食料品のためだけに行商人だけを交流手段として残す。
エルフ族は森に引きこもって、完全に交流を絶ったが、彼らの一部は捕らえられたままだった。
僕は王宮の地下に取り残されていた、白いエルフを思い出す。
あれは特殊な例ではあるが、彼女はまだ幸せなほうだ。
エルフ族は村など団体で子供を共有して育てる。
そうなると親子の繋がりは薄くなり、いざ、急な移動となると優秀な子供が優先され、弱い子供は取り残されてしまう。
親は子供を育てる気がないので、仕方なく周りに従い、我が子を切り捨てるのだ。
そうして取り残された子供のエルフは、人族の中で酷い扱いを受けて育つ。
エルフとしての教育も受けられず、眷属精霊もいない。
「オレは、そんなエルフのひとりと恋に落ち、拐って連れて来たんだ」
隠れ里に匿い、あの家で一緒に暮らしていた。
だが異種族間の婚姻は認められず、長い間、2人は恋人のままだった。
何故、夫婦として認められなかったのか。
「子供が出来ないからですよね?」
僕がそう言うと、ツゥライトが小さく笑う。
「10年前、彼女に子供が出来た」
異種族の間に生まれる子供は『奇跡の子』として大切にされるか、『異端の子』として放り出されるかのどちらかになる。
「彼女は、お腹の子と共に姿を消したんだ」




