第六百五十四話・農地の建国の承認
ハナに当てられた少年たちは、しばらくして何ごともなかったように祭りを満喫している姿が見られた。
特にハナに執着する様子もないことから、影響は残っていないと思われる。
一安心。
僕に影響がなかったのは単に魔力の問題だろう。
強さも量も負けてはいないからな。
ならば、やはり僕はハナについては責任を持たなくてはならない。
将来、どんな女性になるにしても、どんな相手を選んだとしても。
親代わりとしては少し寂しいけどな。
「じゃあ、僕は領主館に顔を出して来るよ。 皆、気を付けて楽しんでね」
「はい。 アタト様も」
サンテとハナに見送られて、僕は広場を離れた。
宴は庭に面した広間で行われる。
シラッと人間に擬態したまま、宴に混ざり、縁戚の子供たちがいる場所でお菓子を頂く。
ヨシローの指導している店から運ばれてきた菓子類。
不味いわけがない。
他の領地から来た貴族家の子供たちも夢中になって食べている。
『いつもより美味しいですね』
モリヒトも満足気だ。
「ああ、晴れの日だからな。 特別製だろうさ」
お祝いのための見栄えの華やかさに加え、材料も厳選したものを使っている。
それに職人たちの心、魔力がこもっていた。
モリヒトは、こういう魔力が好みなんだよねー。
「こんな所にいらしたんですか」
王都の教会本部から来たグレイソン神官に見つかってしまった。
モリヒトが目立つから仕方ないな。
貴族管理部の文官、クロレンシア嬢の兄も一緒だった。
「一言、お礼を申し上げたくて」
高位貴族家の後継は、父親と妹の間に入って苦労していたようだ。
「お蔭で、ようやく我が家も落ち着きます」
と微笑む。
エンディとクロレンシア嬢の婚約は各所で歓迎されているらしい。
「いえいえ。 僕はそんな大それたことをした覚えはありませんよ」
公爵子息は「フフフ」と小さく微笑み、僕に顔を寄せる。
「立国の件、お任せください」
と、こっそり囁いた。
貴族管理部に宛てた手紙をさっそく読んでくれたらしい。
「よろしくお願いします」
僕も小声で礼を言う。
あの農場を、他国の目につく前にエテオール国に取り込んでもらい、自治領にしようかと思っていた。
だが、それではエテオール国が他国から要らぬ嫉妬を受けるかも知れない。
あの土地は別国として周辺国に周知してもらったほうが良いのではと考え直す。
そこで考えたのが、精霊が治める国『精霊国』として立国することだ。
精霊信仰の国、精霊王を中心とする国。
「あれを精霊の土地とするのは真に正しいです」
グレイソン神官はウンウンと何度も頷き、公爵子息はクスクスと笑う。
「精霊が相手では、どの国も怖がって手を出せませんからね」
国といっても主権者は精霊であり、人族やエルフ族、その他種族はあくまでも土地を借りて住んでいるだけ、ということにした。
精霊は神の次に魔力が高く、性格は気紛れ。
怒りに触れれば国が滅ぶ。
反面、うまく精霊と付き合っていければ富と安寧を与えられる。
そういう者たちの国が『精霊神国』ということだ。
それでも懸念は残る。
『精霊国』の神とは精霊王である。
精霊の中でも防御に優れる『大地の精霊』モリヒト。
いくら強くても、精霊の中のひとり。
「他の精霊の怒りをかうことはないのでしょうか?」
グレイソン神官は人間相手ではなく、精霊、神といった存在に気を使う。
「それは大丈夫だと思います」
高級茶を飲みながら、僕の考えを話す。
「僕は『神』には色々な姿があると思うんです」
実在することは分かっていても、その姿を見ることは簡単には出来ない。
しかし。
「信者の祈りに応え、必要な時に必要な姿になって現れる。 それが『神』ではないかな、と」
「それでは『精霊王』も神の御姿の一つだと?」
僕はグレイソン神官に頷く。
そこに気付くとは、さすが高位神官である。
「人族の神とその他種族の神が違うのは、信者の願いが違うからでしょう」
願いが等しく同じならば、どうだろうか。
「神の御姿は皆、同じになるはず。 アタトくんはそう言うんだね」
いつの間にか、教会警備隊騎士のティモシーさんが傍にいた。
「はい、僕はそう思ってます」
あまり大ごとにはしたくないので、それ以上は目線で黙らせた。
『神』に関する話は、異常に反応する熱狂的な信者がどこにいるか分からないので、知らない人間が多い場所では気を付けてくれ。
ティモシーさんの隣りにいたティファニー嬢が困惑気味に呟く。
「あの。 そのような精霊様の土地にわたくしのような者が居ても良いのでしょうか」
僕は首を傾げる。
「良いかどうかではないと思いますよ」
「どういう意味でしょうか」
ティファニー嬢はあの土地が気に入ったようで、真剣に住みたいと希望しているらしい。
「住みたいなら、住んで良いと思われるように生活していけばいいだけでしょ?」
当たり前の話だ。
住む前から心配しても仕方ないと思う。
「教会警備隊騎士が補佐に付いているのですから、彼に頼ればいいですよ」
これからも、ずっとね。
顔が赤くなるのは自覚があるんだろう。
ウダウダ言ってないで幸せになればいい。
王籍のない今のうちだよ、お嬢さん。
後のことは騎士様にお任せしてしまえ。
若いというのは実に素晴らしいね。
羨ましい限りである。
僕は遠い目をして窓の外を見た。
空が夕暮れ色に近付いている。
おそらく宴はそろそろ解散になり、参列者は細かく分かれて移動して続けるか、帰宅するだろう。
今日は早朝から忙しかったので新郎新婦もお疲れの様子。
「それでは皆様」
ケイトリン嬢、奥様の父親である領主が挨拶して締めに掛かる。
客は本日の主役に声を掛けながら退室して行く。
「アタト様、お先に失礼いたします」
「お疲れ様でした。 ごゆっくりお休みください」
辺境伯夫妻は僕にも声を掛けて、本部に戻って行った。
明日は早めに領地へ戻る予定である。
僕たちも挨拶して帰ろう。
……突然。
グラリと体が揺れた。
いや、これは地面が揺れているのか?。
『皆さん、伏せて!』
モリヒトが叫んだ。
皆、一斉に体を低くした。




