第六百五十三話・少女の魅力に気付く
「あ、ありがとうございます、アタト様」
ハナは少し震えていた。
集っていた少年たちはどうみてもハナより年上でデカい。
サンテの体格は年相応だし、タカシは全く体を鍛えていない。
この2人では、幼い頃から鍛えられている辺境地の子供たちには太刀打ち出来ないだろう。
そんな少年たちに囲まれ、さらに、
「オレが案内する」
「いや、オラが」
と、ハナを取り合っていたらしい。
そりゃあ、ハナから見れば怖いよな。
年齢でいえば、ハナとサンテの双子は僕より一つ年上の10歳。
まだ子供である。
身長の話をすると、エルフ族は人間より平均身長が高い。
なので、僕は9歳ですでに同じ年齢層の人間の子供よりは高め。
しっかり鍛えているし、周りの少年たちにも見劣りはしないと思う。
「な、なんだよ。 ちょっと顔が良いからってー」
「バカッ!。 コイツはアタト商会の長だ」
「ハナちゃんの雇い主だよ」
少年たちはコソコソと会話する。
「コイツはエルフだ。 敵うわけない」
そう言って地元の少年たちは下がって行った。
ふう、なんとか収まったか。
「大丈夫か?、ハナ」
「ごめんなさい」
なんで謝る。
僕はハナの肩を抱いたまま、広場を抜けて教会の裏手に回る。
教会の施設には静かな庭があるんだよ。
穴場ってやつだ。
小さなテーブルと椅子があるので、ハナを座らせ、モリヒトがお茶を出す。
サンテとタカシもついて来たので事情を訊ねる。
「それがー」
今日は商会の皆、新しい服でめかし込んでいた。
馬車に乗り、町へと向かう。
「特にハナはアタト様に衣装を見てもらいたいって張り切ってて」
スーに化粧やら髪型やらを前日から教わり、気合いが入っていたそうだ。
「俺から見ても、その、前よりずっと可愛いくなってたよ」
タカシが顔を赤くする。
はあ、美少女が気合いを入れて化粧までしたら、そりゃあ男どもは放っておかないだろうが。
しかし、まだ10歳だぞ。
僕はふとハナの魔力の話を思い出す。
「サンテ」
「はい」
少し離れて2人だけで話をする。
タカシに聞かれるのは拙いので、小さく自分たちだけの盗聴結界を張る。
「ハナの鑑定をやってみろ」
「えっ」
「いいからやれ」
サンテの『鑑定』はかなり性能が上がっている。
もしかしたら、教会の鑑定の魔道具を超えたかもな。
じっとハナを見ていたサンテの口から、
「は?」
と、驚きの声が漏れた。
「何が出た」
僕は冷静に訊ねる。
「魔法属性は分からないけど、才能に」
サンテは信じられないという顔で僕を見た。
「『魅了』が出てます。 でも、これはダメなヤツでさすよね?」
何がダメかというと、これは精神攻撃系の魔法だからだ。
エテオール国では、遠い昔、その魔法により王族が酷い目に遭った記録があり、今でも敵視されている。
やはりか。
「あとは僕に任せて、タカシを広場に連れて行ってくれ」
ついでに、先ほどハナに言い寄っていた少年たちの様子も見てくれるように頼んだ。
「分かりました」
サンテは頷き、僕は結界を消す。
サンテとタカシがいなくなると、僕はハナの隣りに座る。
「わたし、何かおかしいのですか?」
サンテの様子を見て何かを感じたのだろう。
可憐な美少女は心配そうな顔をした。
眩しいな。
でも精神が年寄りの僕には可愛い孫にしか見えないし、だからこそ、不憫でならない。
「ハナ、少し話をしよう」
モリヒトが周りに認識阻害付きの防音結界を張り、僕たちの姿を隠した。
短い付き合いではあるが、ハナの気性は理解しているつもりだ。
はっきり伝えた方が、後から嫌な思いはしないはず。
「ハナはサンテの魔力異常をどう思っていたかな。 迷惑だった?。 嫌だった?」
ハナは首を横に振る。
「お兄ちゃんのせいじゃないもの」
生まれつき持っている魔力は、本人にはどうしようもない。
赤子に制御する力なんてないし、今までよく生きていたなと思うくらいだ。
「ここからは僕の予想だけど、ハナにもその魔力はあったんじゃないかと思うよ」
「え?」
ハナが不思議そうに首を傾げる。
「サンテの影響で、ハナの魔力が自然と制御されていたんじゃないかな」
「わ、わたしの?」
『魅了』という特性は、属性が不明。
以前のサンテと同じだ。
「たぶん、双子だから魔力は影響し合っていて、ハナはサンテの魔力量に負けていたんだ」
ずっと体調不良だったが、サンテの魔力異常の調整でハナは健康を取り戻した。
そして、今まで隠れていた魔力も徐々に表面化してきたんじゃないだろうか。
「ハナ、君の魔力は少し変わっている」
黙って頷くハナ。
「その影響が、さっきの男の子たちの反応だ」
彼らの素行が悪いわけではなく、ハナの魔力の影響である。
何かに気付いたハナの顔色が悪くなっていく。
魔力異常による魔力漏れ。
ハナの『魅了』は、気合いを入れ過ぎて無意識に発動してしまった。
『自分を見てほしい』と願った少女は悪くない。
「分かってるよね。 ハナは何もしていない」
「……はい」
「いい子だ」と、軽く頭を撫でる。
僕は懐からウゴウゴを出す。
「後で新しいヤツを付けるけど、今はウゴウゴを貸すよ」
真っ黒なウゴウゴは、ハナの前でユラユラと愛嬌を振り撒く。
ハナは「ウフフ」と笑って、それを受け入れた。
スライム型魔物はハナの魔力を吸収し、魔法の発動を阻害する。
吸収した魔力の色が判別出来れば、属性も分かるだろう。
「ハナ、忘れるな。 お前たちは僕の身内だ。 僕は何があってもハナを守ると誓うよ」
「ありがとうございます」
微笑むハナの目から涙が溢れた。
僕は笑顔を返す。
「それに、今日のハナはとても綺麗だよ。 本物の花のようだ」
そう言ったら、みるみる真っ赤になる。
可愛いな。
「アタト様こそ、危ない魔力持ちなんじゃないですか?」
頬を膨らませて攻撃してきた。
それでこそ、ハナだ。
まあ、危ない者同士ってのは間違ってはいない。
「お互い様だ」
「ウフフ」
大丈夫、お前たちのことは一生面倒みるからな。
あー。 もしかしたら、面倒見てもらうのはこっちかも知れない。
ハナの笑顔を見ていたら、そんな気がした。




