第六百五十話・奇跡の子について
明日は早めに教会に向かうため、サッサと寝る。
「アタト、ちょっと来い」
エンディは、まだ話し足りないらしく、ベッドで一緒に寝ようと言い出した。
ベッド自体は成長してからも使えるように大きめを作ってもらっている。
2人でも全然、余裕はあるが。
「勘違いするなよ?」
「しませんよ」
気持ち悪い。
明日、忙しいエンディは午前中で式が終わった後、領地に戻るそうだ。
「今夜が一緒に過ごす最後の夜になる」
大袈裟な。
自分のベッドだが、「失礼します」と言って横になる。
明かりを消すと、自動的に淡い間接照明が点くようになっているのはここが地下だからだ。
窓がないというのは、真っ暗闇になるのでね。
僕はエルフだから多少の暗闇は平気だが、人族には恐怖を感じる者もいる。
昼間でも同じ暗さなので、入ってくる使用人たちにも配慮する必要があった。
風呂上がりでもあり、ホカホカで眠気が襲ってくる。
うつらうつらしていたらゴソゴソと気配がした。
エンディ、何故、こっちに来る。
「やっぱり、アタトはただのダークエルフじゃないな」
は?、何を言ってー。
エンディの顔が目の前にあった。
「アタトの肌は人間に近いというか、エルフらしくない」
エンディは王宮で文献を調べ、領地で前領主一族の残した資料を調べたという。
「もしかしたら、ダークエルフと人間の間に生まれたのかも知れない」
「なっ」
考えたことなかった。
気が付いたらエルフの森にいて、白いエルフに囲まれていた。
育ててくれたのはエルフの長老。
特徴的な耳はエルフだったけど、魔力の少ない、エルフらしくない鈍臭い子供だった。
それでも僕は自分が森のエルフであることを疑ったことはなかったのだ。
ちょっと変わってるだけだと、個人差があるだけなんだと思っていた。
ダークエルフだと確信するまでは。
「純粋なダークエルフではない……?」
エンディは体を起こし、ベッドの上に座る。
「お前の肌の色は、人間が日焼けした程度の色だ。 私が調べた限り、ダークエルフ族はもっと黒に近い」
僕の肌の色は薄いらしい。
だからあまり目立たなかったのか。
「そんなはずはー」
エンディの言葉を疑うわけじゃないが、信じられない。
「それでな、アタト」
まだ何かあるらしい。
エンディの顔が、照明のせいではなく暗い。
「異種族の間に生まれる子供は『奇跡の子』として大切にされるか、『異端の子』として放り出されるかのどちらかなんだ」
え……。
「確か、森で倒れてたんだよな」
「あ、ああ」
僕は頷くしかない。
辻褄が合ってしまった。
「古い文献によると、異種族間での婚姻は普通、認められない。 何故かといえば、子孫を残しにくいからだ」
エンディは淡々と話す。
生まれるはずのない命。
「人族の教会では、神のお告げにより『奇跡の子』として崇めよ、としているが」
しかし、ダークエルフ族はエルフ族同様に数を減らしている種族だ。
子孫は増やさなければならない。
「そんな時に、たまたまお前が生まれた」
アタトはダークエルフ族と他の種族との間に生まれ、捨てられ、恐らく命を落としたんだ。
だから、呼ばれた『異世界人』である僕の魂が入り込むという奇跡が起きた。
「私は、アタトは『奇跡の子』だと思う」
『異世界の記憶』を持ち、失われた種族である『ダークエルフ族』の血が流れ、最強と呼ばれた『大地の精霊』を眷属として従える、死ぬはずだった子供。
『奇跡』以外のなにものでもないと、エンディは言う。
「やはり、アタトは本物の『神の御遣い』様だ」
スッキリした笑顔で、エンディは「寝る」と言って布団に入った。
で、だから、何?。
混乱状態で、僕は目が冴えている。
エンディの寝息が聞こえてきたので、僕はベッドを抜け出し寝室を出た。
居間に敷いたままのイグサの匂いがする布団に潜り込む。
眠れない。
そう思ったのに、気付いたら朝だった。
ああ、モリヒトか。
『いいえ。 昨夜は何もしておりませんよ』
きっと疲れていたのだろうと、モリヒトは言う。
でも。
「昨夜のエンディの話は聞いていたんだろ?」
朝の支度をしながら訊ねる。
『はい。 私もエンディ様のお話には共感しております』
それが真実かどうかは神のみぞ知る、か。
それでも、モリヒトは僕が『奇跡の子』であることを否定しなかった。
「今夜にでも、それについて少し話そう」
『承知いたしました』
嘘を吐くことが出来ない精霊。
じっくりと話して、なんとか答えを導き出したい。
モリヒトが神社を出している間に、いつもの顔がやって来る。
「おはようございます、アタト様、モリヒトさん」
元気なハナを先頭に、ガビーとキラン、サンテが入って来た。
「おはよう。 なんだ、眠そうだな」
「すみません、あまり眠れなくて」
キランが珍しいことを言う。
前夜祭で、はしゃぎ過ぎたようだな。
「まあいい。 皆、今日は休みだからな」
寝てるなり、ボーッとするなり、好きにして構わない。
「私は教会に行きます!」
ハナは嬉しそうだ。
「だって、アタト様の御遣い姿が見られるんでしょう!」
は?、誰がそんなことを。
「広場で噂になってましたよ。 教会警備隊がピリピリしてるって。 何しろ辺境地の教会に御遣い様が姿を見せるのは初めてですから」
参拝を終えたサンテが報告する。
「私も聞きました。 住民のほとんどが見に来るのではないでしょうか」
そう言うと、キランは朝食を作り始める。
「あの教会は、そんなに大勢の人は入れないと思うけどなー」
僕はガビーの言葉にウンウンと頷く。
「ならば、新婚夫婦のお披露目の行列に付き合えばいい」
いつの間にか、エンディが一番後ろで参拝していた。
「お披露目って、教会から領主館まで歩くやつですね。 それなら皆が見られます!」
ハナ、僕は見られたくないんだが。
「残念ながら神の御遣いの姿は、教会の中でしか見せられないんですよ」
教会にいるから御遣いだと分かる。
外だと、ただのエルフにしか見えないでしょ。
「じゃあじゃあ、出入り口でお見送りだけでも!」
はあ。
「分かった。 見送りだけな」




