第六百四十八話・ドワーフの夫婦の話
本日は前夜祭。
ガビー工房のドワーフの女性職人たちにも3日間の休暇を与えたので、地下道を通ってやって来ていた。
初めての人里に緊張している者もいる。
「大丈夫だ、俺らがついとるからな」
ドンキの仲間であるドワーフ治安隊の若者たちも一緒だ。
ズラシアスの農場組も農作業は休みにして、普段は使えないようにしている闇の道を通ってやって来た。
ズラシアス国では移動魔法陣が発達しているせいか、闇魔法についてもあまり気にしないで使っている。
彼らには、エテオール国の事情を説明して口外しないことを約束してもらった。
お蔭で、商会本部の地下にある大広間は、ドワーフたちだけでなく人族の護衛や使用人たちもいて、大変に賑やか。
男女別の仕切りは作ったが、皆、雑魚寝である。
食事は各自で自由にしてもらう。
食材はあるし、厨房も使って良い。
料理人の老夫婦は、冷めても美味しいおむすびや惣菜を大量に作っておいてくれた。
長期保存の結界が張られているので、使用人食堂でいつでも食べられる。
但し、早い者勝ち。
夕方からは町に出て、広場の祭りの屋台で済ませる者もいるようだ。
「お前たちも休んでくれ」
キランとサンテにも伝えたが、
「特にすることもないので」
と、返事が返ってくる。
イヤイヤ、真面目かっ。
「では、町で商会の連中が他人に迷惑を掛けていないか調査してきてくれ。 明後日、報告な」
護衛や仲裁をする必要はない。
それは領兵や町の警備兵、教会の警備隊の仕事だからな。
「分かりました」
少々不満そうだが、やっと部屋から出て行った。
祭りなんだから楽しんでこい、若者よ。
森も魔獣狩りが終わり、静かになった。
夕闇の庭に出て、タヌ子を撫でる。
息子はもう大きくなったようで、独り立ちの訓練のため、父親のクロと出掛けているらしい。
ウゴウゴも僕の懐から出て、体を伸ばしたり縮めたりしている。
「明日は大祭なのに呑気なもんだな」
「親方」
僕が座っているベンチに、となりに腰掛けたのはガビーの父であり、ドワーフ街で老舗の工房を営んでいる親方だ。
この方にも随分、世話になっている。
「大祭といっても小さな地方領主家の慶事です。 しかも僕は当事者じゃありませんからね」
と、笑って応える。
そういえば、ガビーの母親の話は聞かないなあ。
女性は家庭に入り、家族のためにつくすのが常識のドワーフ族。
「アイツは子供たちの世話と家事と、工房の雑用で体を壊しちまった。 今は孫に囲まれて静かに暮らしているよ」
「そうですか」
丈夫なドワーフが体を壊すほどの家事労働か。
鍛治に集中する男性たちを支えるため、女性たちも大変なんだな。
「ワシはなあ、体の細長いガビーや、体の小さいスーが不憫だったんだ」
あれでは家事や工房の雑用も大変だろう。
自分の妻のようにならないか、心配だった。
親方は僕を見る。
「だが、お前さんのお蔭で違う生き方もあると分かった」
男性ばかりの工房から逃げ出したガビー。
権力者である祖父に家を追い出されたスー。
体格だけの問題ではなかったが、いずれもドワーフらしくないという理由で弾き出されたようなものだ。
「僕だけではありません。 親方や、治安隊の皆さんも力を貸してくれましたから」
家族の絆が強いドワーフ族ながら、彼女たちを外へと押し出してくれた。
「ああ、お蔭でワシも娘やアイツから恨まれずに済んでおるわ」
ガハハと笑う。
「アタトは、これからどうするんだ」
ん?、どうする、とは。
「ハッキリ言えば、ガビーはお前さんにベタ惚れだ」
おまはどうなんだと父親は言う。
「あはは。 ガビーは友人です。 僕には恋愛は無理ですよ」
失礼かもしれないが、僕にはその気はない。
そんなものより、国や商会や、ダークエルフ族のことなど、色々と終わらない問題を抱えている。
「そうだな。 アタトはそのまま突き進んで行くだけか」
うん、そうだね。
思考というか、精神的にすでに老人である僕には恋愛なんて無理だろう。
女性たちを見ていても、可愛らしいなとは思っても性的に見ることはないと思う。
身近な者たちなら尚更だ。
「それより、スーとドンキはどうなんですか?」
ドワーフ族の婚姻の作法は知らないが、あの2人はもう間もなく話がまとまりそうだ。
「それなんだが」
親方が渋い顔になる。
「スーのお祖父さんですか」
辺境のドワーフ街の纏め役、鍛治組合の重鎮でドワーフの中でも名家の長。
うちの商会の経理担当、ドワーフのお婆様の実兄である。
「反対してるんですかー」
「反対どころか。 既にスーは勘当しとるから、後は相手を追放するしかないな」
ドワーフ族から追放?。
出来るのか、そんなこと。
あー、下手すると暗殺なんてあり得るのかな。
それはまあ、ドンキなら大丈夫だろうけど。
そんな物騒なことになっているとは知らなかった。
2人ともいつも通りだったから、気付かなかったよ。
「……ズラシアスに行かせますか」
僕はポツリと呟く。
現在、ズラシアス首都にエテオール国の大使館を建設中である。
エンディの妹パーメラシア王女が常駐大使となることで話が進んでいた。
迷宮の件もあり、我がアタト商会も支店を出す予定なのだが、大使館の中に間借りするつもりだ。
その方が警備が楽なんで。
まずは建設中の大使館に、アタト商会から2人を派遣するのはどうだろうか。
「ズラシアス?。 あんな広い国じゃ、他のドワーフの協力は得られんぞ」
まず出逢うことが難しい。
滞在中、ドワーフの噂も聞かなかったからな。
「親方。 だからいいんじゃないですかー」
接触してくるドワーフは全部、敵認定すれば良い。
鍛治組合長は、性格的に他の種族に頭を下げて暗殺など頼めないだろうし。
「スーは新しい国の美術品に興味があるだろうし、ドンキは必ず彼女を守るでしょう」
放浪児だったドンキなら、他国でもやっていけるさ。
「ふむ。 それは良い案かもしれんなぁ」
「僕から王宮の機関に話しておきますので」
ちょうど、王宮の貴族管理部の役人が来ている。
国王宛に手紙を書いて渡しておこう。




