第六百四十七話・花嫁の悩みと願い
その翌日、アタト商会本部を拠点に魔獣狩りが行われた。
脳筋たちが暴れている間に、女性陣の準備は着々と進む。
お蔭様で「この日なら大丈夫」と、式の日取りが確定する。
「ヨシローさん、ケイトリン様。 わざわざ揃ってお知らせに来て頂き、ありがとうございます」
商談用の応接室で2人を迎える。
すまんね。
他の部屋は準備のため、ほぼ埋まってるんだ。
「ようやく決まってホッとしてるよ」
ヨシローが深く息を吐く。
キランが疲れた顔の2人の前に薬草茶を置いた。
モリヒトは魔獣狩りの監視のため森に出ている。
領主館も無事に準備が終わったようで、ヨシローたちの結婚式は2日後に決まった。
「明日は夕方から前夜祭。 明後日の朝から教会で貴族管理部の役人と神官長の前で宣誓して、婚姻の書類に署名だ」
ヨシローが流れを説明する。
「その後、教会から我が館まで歩くという、住民へのお披露目があります。 館に着いたら、私たちは夜まで招待客の相手で、広場では一晩中、お祭り騒ぎになりますわ」
と、ケイトリン嬢が続けた。
なるほど、楽しみだな。
「うちの商会では皆、仕事は休みにして祭りに参加させていただく予定です」
当日は弁当も売らない。
屋台も出さない。
皆に心から祝ってもらいたいからね。
忙しい思いなどさせないよ。
領主家へは、アタト商会から定番の銀食器一式をお祝いに贈り、それとは別に式当日には希少魔獣肉の提供を申し出た。
辺境地らしいご馳走になるだろう。
「アタトくん。 キミまで広場で楽しむ気じゃないよね?」
ん?。 ヨシロー、なんの話だ。
「ちゃんと宴の招待客に入っていますのよ、アタト様は」
ケイトリン嬢に「忘れてませんよね?」と、優しく睨まれる。
確かに招待状を見た覚えが。
まあ、商会代表として顔は出すつもりだった。
領主家御用達の商会になる予定だしね!。
「あはは。 勿論、喜んで出席いたしますよ」
うん、忘れてたわけではない。
祭りの方が楽しそうだなーと、思ってただけで。
「それで、あの、お願いがあるのですが」
ケイトリン嬢が顔を赤くしてモジモジし始めた。
「アタト様は神の御遣い様なのでしょう?。 当日はぜひ、そのお姿を拝見したいのです!」
は?。
「王都に行かれた方々から聞きましたの。 それはそれは大変に神々しいお姿だったとか」
誰だ、チクッたのは。
「わたくし、叙爵が決まってからずっと悩んでいました」
ケイトリン嬢は自身が中位貴族になることで、この辺境地やヨシローが、他の貴族から守られることは理解している。
それでも、まだ若い自分が領主としてやっていく自信がない。
「お父様も傍にいると分かっていても、仕事は引退されてしまうし」
ケイトリン嬢は肩を窄める。
「それで、アタト様には御遣いとしての姿で、わたくしたちの門出を祝っていただけたら、と」
自分にも、周りにも、神に祝福されたと言える。
「つまり周りが納得するのですね」
普段は辺境地など興味がない親戚連中が祝いにやって来る。
最近、アタト商会やらヨシローのお蔭で裕福な領地にあやかろうと、無能な身内を雇うようにと押し付けてくるらしい。
ケイトリン嬢の母親が亡くなった時、仕事が出来ない文官を大量に雇わされたのと同じように。
断る口実に神の意思を使いたい。
「わたくしの我が儘だと分かっていますが」
ケイトリン嬢は必死だ。
不安な気持ちをなんとか抑え込もうとしている。
お世話になっている領主家の娘。
『異世界人』のヨシローを婿にもらってくれる優しいお嬢さん。
「分かりました。 ケイトリン様のお役に立てるなら」
但し、僕が神の御遣いの姿になるのは、縁戚関係者が参列している教会の中でだけ。
2人の宣誓と署名を見守ったら、すぐ元に戻る。
あまり辺境地の住民には見られたくないからな。
「それでよろしければ」
「勿論です。 ありがとうございます!」
ケイトリン嬢は立ち上がって礼を取る。
花嫁が喜んでくれるなら、まあいいか。
ヨシローたちは辺境伯夫人に挨拶をして、早めに帰って行った。
その日、朝から本部内がソワソワとした空気に包まれていた。
「結婚式は明日だし、前夜祭は夕方からだぞ」
皆、気が早過ぎないか?。
辺境伯家の使用人たちや、エンディ領から来た護衛たちがバタバタする中、僕は自室に篭っていた。
僕の出番は明日だからな。
山積みの手紙の束を片付けていると、
「アタト様」
と、ハナの声がしたので許可する。
「失礼いたします。 仕立師のお爺さんから荷物が届きました」
あー、なんか新しい正装を勝手に作ったみたいだな。
「そこに置いといてくれ」
僕は相変わらず長文のイブさんの手紙を読んでいた。
もう少し簡潔にならんかなあ。
「あの」
荷物を置いたハナが、じっと僕を見ていた。
「どうした?、ハナ」
「あの、お礼を言いたくて」
「お礼?」
「はい。 とても素敵な衣装をありがとうございます」
ああ。
僕は本部の使用人たちに王都からドレスや正装を取り寄せた。
ヨシローたちの式は春だということは決まっていたからね。
どうせ必要なものだ。
衣装代は僕の懐から出し、しっかりとした服を全員分、作らせたのである。
皆の採寸は仕立師の爺さんがやってくれたし、王都の服飾の商会を紹介してもらった。
なんでも爺さん、国でも有名な職人だったらしい。
その爺さんの元々所属していた商会だそうで、腕は確かだと聞いて任せたのだ。
僕がズラシアスに行ってる間に、既に完成し、届いていた。
「気に入ってくれたなら嬉しいよ。 明日は楽しんでおいで」
「はい!」
扉まで戻ったハナが振り向く。
「私たち、明日は広場にいますから、アタト様も必ず来てくださいね」
意味あり気に微笑んで、ハナは扉を閉めた。
うん?、なんだったんだ、あれは。
やけに色っぽくなかったか?。
子供でも女は怖いな、ブルブル。
エンディは、まだ僕のベッドを占領している。
大部屋の使用人や護衛たちは、毎晩、ドワーフたちの宴会に付き合わされていた。
そして目覚めると、僕は神社に参拝する。
今日は何事もなく終わりますように。




