第六百三十八話・『異世界』の関係者の生活
食堂は片付けがあるので、僕はドワーフのお婆様と一緒に談話室に移動する。
チラリとハナを見ると、まだタカシに纏わりつかれていた。
「キミは行かないの?」
「私は仕事がありますので」
立場が違うと説明しているのに、タカシはしつこく誘っている。
「行ったことないなら一緒に行こうよ」
どうやら、タカシは今まで自分より年下で可愛い女の子が周りに居なかったらしい。
タカシが居たのはズラシアスの宮殿。
もし、そんな女の子が居たとしても、王族か貴族か、その使用人だから気軽に話し掛けたり出来ない。
こちらに来て、ズラシアスに多い金髪に青い目をしたハナに目を付けたのだろう。
まあ、ハナも貴族の娘なんだが、ここではただの平民に見えるよな。
「あー。 だから、眷属か」
僕はハナが急に「眷属になりたい」と申し出た理由が分かった気がした。
上から目線のヤツに、自分勝手に行動出来ない身分なのだと分からせたかったわけだ。
用事があるなら主を通せ、である。
「どうされました?」
お婆様が動かない僕を訝しがる。
「あ、すみません。 行きましょうか」
ハナなら大丈夫だろう。
僕たちは食堂から、隣にある使用人用の談話室に移った。
お婆様と予算の修正を話し合う。
雇う人数が増えれば、当然費用は増える。
特に農業は収入に繋がるまで時間が掛かるし、苗や器具などに掛かる費用も多い。
「これがズラシアスから入る迷宮資金です」
僕は、ズラシアスの宰相から提示された契約書をお婆様に見せる。
「まあ」
お婆様はあまりの金額に驚いているが、これは仕方がない。
アタト商会の年間売り上げに迫る金額が、毎月入る予定なのだ。
「あちらの国では魔石の価格が高騰していまして」
迷宮からは毎日、その魔石を回収出来る上、兵士や魔獣狩りの傭兵の訓練にも使える。
「正しい対価だ」と、向こうからの申し出なのでありがたく頂くことにした。
「これならば十分に賄えますね」
良かった、怒られなくて。
お婆様からは、新しく「迷宮部」を立ち上げ、「卸売部」や「食堂経営」、「外部協力」の売り上げとは分けるように指導された。
「農場についてはどうなさいますの?」
お婆様はモリヒトの農業試験場については知らなかったので、これからどうするのかと訊いてくる。
さすがに手を広げ過ぎだと睨まれている気がする。
僕はチラリと周りを見た。
僕たちがお金の話をしていることを察して、ズラシアス関係者は部屋に戻ったようだ。
ひとりもいない。
「実はまだ構想だけなんですが。 ウスラート氏を国主にして独立国家、またはエテオール国の自治領にしたいと思っています」
お婆様はさすがに驚き、言葉を失くしていた。
「……本気ですか?」
ようやく声を絞り出す。
「はい」と頷くと、「しばらく考えさせて欲しい」と席を立ち、フラフラと部屋を出て行った。
ごめんよ、お婆様。
僕は、たぶんあの方に一番、気苦労をさせている。
話し合いは終わり、部屋に戻るために歩いているとモリヒトが話し掛けてきた。
『新たな国ですか』
モリヒトも反対なのかな。
無表情だから分かりづらい。
「正直、僕にはこれ以上の仕事はキツいからね」
誰かに任せられるものは任せたい。
「元々、『異世界関係者』はズラシアス国の事業だし、それを引き継ぐならズラシアスをよく知る者の方がいいだろ」
『何故、元王女のティファニー嬢にしないのですか?』
あー、彼女は王族だし、国の運営に関しては慣れているかも知れない。
だけど。
「彼女は既に失敗してる」
そんな者に任せるのは難しい。
それに、王政にしなくてもいいと思う。
「国主、または国守というのは、まあ、この世界でいう領主みたいなものだが、その上には王がいない」
日本でいうところの戦国時代の『大名』かな。
『そんな小国の代表では、他国にすぐに潰されますよ?』
何を言う。
「モリヒトが守っているのに?」
精霊王の眷属たる『大地の精霊』モリヒト。
ちょっかいを出せば、潰されるのは手を出した国の方だ。
「それなら大人しく農産物でも購入しとけーって僕は思うけどな」
ニヤリと笑うとモリヒトは呆れた顔になる。
『どうなっても知りませんよ』
ハイハイ、分かりました。
夜が明ける。
久しぶりに一番落ち着ける場所で眠ったせいか、今朝はいつもより遅い。
体を鍛えるのは止めて、軽く柔軟体操にしておいた。
「参拝に来ました」
ん?。
ゾロゾロと眷属契約した4人が入って来る。
モリヒトが神社を出し、灯明を点けた。
……なんだか、以前より大きくなってる気がするが?。
『お気になさらず』
モリヒト、なんだその言い方。
『アタト様を真似てみましまたが?』
人間臭くなりやがってー。
まあいい。
一礼二拍手、願い事を心の中で告げ、一礼して終了。
熱心に祈るハナとガビーのために少しだけ待つ。
ここに戻って来ると、僕は基本的にこの部屋に篭って仕事をするので、食事も部屋で取る。
客や使用人と話すことがなければ、食堂に顔を出すこともない。
今はまだ食堂では朝食の準備が始まっていないようなので、僕たちはこのまま簡単な朝ご飯にした。
「これ、ライスですか?。 ふわあ、ホカホカで優しい味ですー」
ガビー、静かに食べろ。
「ミソスープも美味しい。 野菜が入ってます!」
今朝は大根もどきの味噌汁な。
「卵?、卵ですよね。 これ、溶いて、焼いて、巻いてある?」
玉子焼きは、キランがズラシアスで覚えて来た傑作だ。
「ガビー、いちいち喋らないと食べられないのか」
僕がため息を吐くと、恨み言を言い出す。
「なんで、こんな美味しいものを今まで教えてくれなかったんですか!」
そりゃ、ズラシアスで手に入れた調理方法だからだよ。
今までは知らないことになってたから、分かってても作れなかった。
「でも、今度からは食べられるんですね!。 眷属になって本当に良かった!!」
黙って味を堪能していたキランと双子のサンテとハナもそこは同意らしく、ウンウンと頷く。
「他の者には、まだ内緒だから」
せめて、食堂の老夫婦が和食を完全習得するまでは。




