第六百三十四話・辺境の町に帰還
「アタト、お帰りー」
馬車が海岸沿いの道を走っていたら、漁港近くでトスをはじめとした漁師の子供たちが手を振っていた。
「おー、戻ったよー」
僕も馬車から身を乗り出して手を振る。
「え?。 同年代の友だちがいたんだ」
タカシが失礼なことを言う。
「いっぱいいますよ、地元だし」
エルフの森は追い出されたけどな。
まずは領主館に寄る。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ、アタト様。 しばしお待ちを」
高齢の家令は、すぐに主人を呼びに行った。
僕はキランに頼み、ティファニー嬢とタカシ以外の者たちを商会本部に連れて行ってもらう。
「では、お先に失礼いたします」
ティファニー嬢に挨拶し、ズラシアスの異世界関係者の馬車は町外れに向かって行く。
応接室に入るとケイトリン嬢とヨシローがいた。
「ただいま戻りー」
「アタトくーん!」
ブッ。 抱き付くな、ヨシロー。
「お客様の前だぞ」
ティモシーさんが引き離してくれる。
「ハッ、すみません」
ティファニー嬢を見て赤くなるヨシロー。
ご領主様は不在らしい。
ヨシローとケイトリン嬢の結婚式が迫っているから色々と忙しいんだろう。
「遠くズラシアス国より、ようこそいらっしゃいました。 わたくしは辺境地バイットを管理しております領主の娘、ケイトリンと申します」
「俺、あ、私はケイトリン様の婚約者でサナリ・ヨシローと申します。 ティファニー様、どうぞ、お寛ぎください」
おお、ちゃんと挨拶出来るようになったんだ。
「ありがとうございます、ケイトリン様、ヨシロー様。 お会いするのを楽しみにしておりました」
ティファニー嬢は優雅に礼を取り、タカシを紹介する。
「こちらはわたくしが後見人を務めております、タカシです。 よろしくお願いいたします」
「初めまして、タカシです」
ヨシローがピクリと反応した。
タカシとお互いにじっと見つめ合う。
なんだよ、気持ち悪いな。
僕は「とにかく座りましょう」と促す。
「ああ、そうだね」
ヨシローが頭を掻き、ケイトリン嬢と共に座る。
こちらは、長椅子にティファニー嬢を真ん中にしてタカシと僕が左右に座った。
椅子の後ろにはティモシーさん、キラン、モリヒトが立っている。
ヨシローはタカシの真正面に座り、ピクリともせずに前を見ていた。
何やってんだか。
コホンッと空咳を一つ。
メイドさんが置いてくれたお茶を飲む。
「ティファニー殿下、エテオール国はいかがですか?」
ケイトリン嬢が話し掛ける。
「はい。 とても落ち着きますわ」
何度も訊かれたのだろう。
ティファニー嬢は笑顔で答える。
「ズラシアスは、こう、全体的に皆、忙しくて。 エテオールに参りましてからは、のんびりしております」
まあねー。
まだこれといってやる事があるわけじゃないしな。
「失礼ですが、ヨシロー様」
ふむ。 やはりティファニー嬢の興味はヨシローか。
「あ、はい」
「お仕事は何をされていらっしいますの?」
「えっと、私は、今、ケイトリン嬢を助ける事が出来るよう勉強中でして」
結婚を間近に控え、領主になるケイトリン嬢の補佐役を務めるためにしごかれている最中だ。
「では、あの、この世界にいらしてからは?。 実はタカシにも何か出来る仕事がないかと思いまして、参考に伺いたいのですけど」
「ああ、それなら」
ヨシローは、この世界で目覚めた時からの話をする。
「運良く拾って頂いた後、町の名産であるお茶を出す店に助言を頼まれまして。 誰でも気軽に楽しめるような店にするため協力しています」
実際にはヨシローは指導というか、とにかく味見をして好みの味を見つけることが仕事だった。
「それは故郷の、異世界の味ということですのね」
ヨシローはそこで頷くわけにはいかない。
「いえ、違います。 本当に私が美味しいと思う味を探して、試していたんです」
『異世界の知識を使って過度な利益をもたらす』ことは、この世界では好ましくないとされていた。
そういうことを『異世界人』に強要したことが分かれば、関わっていた者は教会から非難され、引き離される。
だから「味見」はギリギリ可能な仕事だった。
「そうでしたの」
ティファニー嬢は納得していないのだろう。
少し首を傾げている。
まあ、その辺りは、後でティモシーさんにでも訊いてくれ。
「今は領主様が経営するお茶の店で指導を続けながら、この町のために働いていますよ」
ケイトリン嬢との婚姻が本人の意思であることを王宮の貴族管理部でも確認された。
お蔭で、領主一族のひとりとして働けている。
本人の意思で、本人の家族や親しい者のために利益に繋がる活動をすることは認められていた。
「なんだか邪魔臭いですね」
タカシも顔を顰めている。
「なんで自分でやりたい仕事をして、お金を稼いではいけないのか。 分からないです」
『異世界人』からしたら、この認識はおかしくはない。
ただ、この世界では、その影響力がデカ過ぎるのだ。
お蔭で本人が拐われたり、戦争に巻き込まれたりしても構わないなら止めないが。
ティファニー嬢には失礼だが、タカシはまだ分かっていないようだ。
「ズラシアス国では暴動が起きましたよね」
『異世界関係者優遇措置』
それにより確かに国は豊かにはなったが、貴族でもない『異世界関係者』の特権に平民たちの不満が爆発した。
しかし、その関係者自体も有能な者を引き抜くための虚偽だった。
全てではなかったかも知れないが、宰相が指示していたのは確かだ。
無理矢理にこじ付けて『異世界関係者』を集め、働かせていた。
つまり、彼らは単に利用されていただけだったんだよな。
「本当に自分で稼いで生活したいなら、『異世界関係者』であることは隠して生きていく必要がありますね」
僕の言葉にヨシローもウンウンと頷く。
「教会に保護されるのに?」
タカシは突っ込んでくる。
「エテオールでは、教会は保護しても基本的には彼らの生活に口は出しません」
ティモシーさんが教会の代表として答える。
「目立たぬように護衛はしますが」
保証されるのは最低限の生活のみだ。




