第六百三十二話・闇の教会の成り立ち
『闇の教会』と老ドワーフが呼ぶ、地下の祭壇跡。
このまま穴を進めば街に出られるが、とっくに塞がれている。
老ドワーフは、僕がダークエルフだと分かっていた。
「あのドワーフ兄貴からお前さんの話を聞いて、本物だと分かった」
街は新しくなり、鉱山も再開される。
それも皆、僕のお蔭だとロタ氏兄が吹聴したようだ。
「それはー」
「まさしく、お前さんは『神の御遣い様』じゃ」
あー、ここまで噂が。
老ドワーフは、僕に会うためにロタ氏兄に祭壇の話をしたらしい。
やはり当時と今では教会の力も、王都からの距離感も違ったのだろう。
田舎では領主は絶対だ。
王都の教会本部では遠い辺境地での出来事など後回しにされ、子供たちの被害は無かったことにされてしまった。
「だが、ダークエルフのお蔭で領主は教会には手を出さなくなった」
『悪魔』の報復を怖れ、それ以上の教会への迫害は収まったのだ。
やはり『神』は必要だと理解したらしい。
それでも街中の教会の規模は縮小されたままだった。
「しかも領主一族は、ここに『悪魔』を祀り、自分たちだけは助かろうとしたんじゃ」
街はどうなっても構わない。
自分たちは立派な祭壇を作り、祟られないように『悪魔』を祀る。
「ここに必要なくなった坑夫たちを閉じ込めて、供物にしやがった」
落盤事故ということにして出入り口を塞いだらしい。
ゲッ、メチャクチャだな。
どおりで、怨念というか、なんだか嫌な魔素が残っている。
「しかし、我ら人間ではないドワーフが混じっていたからの」
ドワーフたちの協力で、坑夫たちは見つからないように他領に逃げた。
お蔭で魔素溜まりにはならずに済んだ。
ドワーフたちが居なかったら、本物の『悪魔』の巣窟になっていたかも知れない。
僕は背筋が寒くなった。
「領主一族は『闇の教会』など放置したまま忘れ去ったが、ワシはここで祭壇を守っておった」
老ドワーフは『悪魔』ではなく、領主一族の悪行を止め、恐怖を与えたダークエルフを『神』として祀り続けていたという。
祭壇には小さな花と、魔素を吸収する魔石が捧げられている。
いやあ、さすがにコレは予想外だ。
僕は老ドワーフと向き合う。
「ではお爺さん、ダークエルフ族は今、どこにいるか知りませんか?」
爺さんは首を横に振る。
「完全に気配を絶ってしまわれたからの」
それでも噂は聞いたことがあると言う。
「今の辺境地かの。 魔素のない土地でダークエルフを見かけたという話じゃ」
うん?、それって僕かな。
「いつ頃の話ですか?」
「10年くらい前かの」
僕が生まれた頃の話?。
じゃあ、もしかしたらアタトの親かも知れない。
「何人くらいいたの?、どの辺り?」
僕はつい問い詰めてしまう。
「すまん。 噂なんでな」
詳しいことは分からないと言われた。
そうだよな。
そんなに簡単に分かればエルフの長老だって、とっくに見つけて戻って来ているはずだし。
「すみません、ありがとうございます」
僕は老ドワーフに謝罪し、この祭壇をどうするかを話し合うことにした。
人族用の教会は海岸沿いに移動させたことを伝える。
「出来るなら、残しておいてもらいたい」
老ドワーフの毎日の仕事、やり甲斐になっているそうだ。
老人の楽しみは奪えない。
『では、大々的に規模を広げてはいかかでしょうか?』
モリヒトが何か言い出す。
「どういうこと?」
『ここに鉱山用といいますか、ドワーフ用の教会を作ってはいかがかと思いまして』
老ドワーフを神官として、ドワーフ用の教会にするという話らしい。
老人の目が嬉し気に輝いた。
僕は首を横に振る。
「いやいやいや。 ドワーフの教会は構わないけど、祀られてるのはダークエルフだよ?」
それは拙いんじゃない?。
『祀るのは神であり、ダークエルフ族は神の御遣いとすればよろしいのではありませんか?』
「おお、まさしく!」
モリヒトと老ドワーフが盛り上がっている。
しかし、そんなことを僕たちだけでは決められない。
「ロタ氏兄やドワーフ工房街の責任者にも話をしてみよう」
僕がそう言うと、老ドワーフも頷いた。
『では、ここはもう少し教会らしくいたしましょう』
は?、今なんてー。
モリヒトが何やら呟く。
元々広い場所だったが、壁や床が綺麗に整えられ、祭壇も先ほどより立派になった。
うわあ、ピカピカ、って。
おい!、これ、移転した街の教会より規模がデカいんじゃー。
『アタト様は、この街の教会が小さ過ぎると嘆いておられました。 この大きさならば、エンディ領に相応しいと思いますよ』
そう言いながらモリヒトは作業を止めない。
塞がれていた坑道を街へと開き、教会への入り口にする。
いきなり山肌に現れた石の扉。
昔、崩れた坑道跡地ということになっていた場所である。
元々、坑道の入り口は街の路地と繋がっていたので、街側の整備は不要だった。
ドンッと音がして石碑が置かれる。
どこかで見たと思ったら、モリヒトが荒れ地の試験場に建てた石碑と同じ黒曜石だ。
ーードワーフ教会ーー
いいのか、その名称。
『仮です』
あ、そう。
老ドワーフはロタ氏兄や鉱山関係者に伝えに坑道を戻って行った。
僕たちはドワーフ教会の扉は閉じたままにして、ドワーフ工房街へ向かう。
しこたまエンディと中年家令から文句を言われたのは仕方ない。
僕だって、こんなことになるなんて思ってなかった。
翌朝、ドワーフの代表たちと領主御一行を連れて、僕たちは街の方から入る。
なんだか、昨日より扉の彫刻が神々しいのは気のせいかな。
モリヒト作だと聞いて、キランがやたらと興奮しているのも鬱陶しい。
「こちらのドワーフの老人が、この教会跡を発見し、長年に渡り、祭壇に供物を捧げながら守っておられたそうです」
ヘイリンドくんは「自分の先祖が作った」と聞いて嬉し泣きしている。
その昔、当時の領主が作ったことに間違いはない。
作った動機は別にしても。
「しかし、立派過ぎるな」
エンディはブツクサ呟き、横目で僕を見た。
結局、ここは鉱山で亡くなった者たちを慰霊するという建物になった。




