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異世界を信じる者たちへ 〜何故かエルフになった僕〜  作者: さつき けい


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第六十三話・老店主の現状を知る


 僕たちは、その日の夕食後に森へと出発する予定だったが、その前に来客があった。


「おや、お珍しいの」


夕食前に、魔道具店の老店主がワルワ邸を訪ねて来たのである。


「突然お伺いして申し訳ありません」


ワルワさんに挨拶し、それから僕を見て、深く礼を取った。


「息子がアタト様に大変失礼なことをしたようで、申し訳ございません」


どうやら、わざわざ僕に詫びに来たようだ。


ワルワ邸は魔獣の森の入り口にあるので護衛も付いて来ていたが、彼らは馬車で待たされている。


「いえ、商売のことですから。 こちらもキツく言わせて頂いたので失礼はお互い様です」


僕も頭を下げる。


ワルワさんが事情を聞きたいと店主を家に入れ、僕と一緒に応接用のソファに案内した。




 ヨシローはお茶を淹れると、ちゃっかり僕の隣に座る。


向かい側にワルワさんと老店主が座って、少し離れた食卓にティモシーさんが座ってこちらを見ていた。


モリヒトはいつも通り、僕の後ろだ。


「それで、何故、息子さんはわざわざこんな田舎までいらしたのですかな?」


老店主はワルワさんの言葉に困った顔をする。


「お恥ずかしい話ですが、息子に本店を任せてから売り上げが落ちておりまして」


息子店主は、何とか取り戻そうと躍起になっているそうだ。


そんなこったろうと思ったよ。


「本来なら、王都や周辺の大きな町での流行りを取り入れるものなのですが」


僕が黒色絵の具を買ったせいで、この町に上客がいると思ってしまったみたいだ。


エルフのことも噂にはなっていたからな。


「辺境伯様と一緒に殿下と同行することになったため、ついでに様子を見に来たようです」


まあ、商人がその土地の有力者と深い関係にあるのは当たり前のことだが、おそらく辺境伯は旅程費用の一部を出させるために連れて来たんだろう。


僕は、喫茶店でケイトリン嬢にグチグチ言っていた男の顔を思い出す。


ケチっぽいヤツだったな。


「私はこれで」


それ以上は口数少なく、老店主は立ち上がろうとする。


かなり憔悴している感じがした。




「すみません、私からお願いしたいことがありまして」


僕は老店主を座り直させて、モリヒトに薬草茶を頼む。


せっかく来てくれたのだから商売の話くらいはしたい。


僕は、昨日もらった魔道具のチラシから気になっていたものを取り出して渡す。


気になっていたのは上質な筆である。


「急ぎませんので、見本として一つ注文させてください」


品物は後日、ワルワ邸に届けてもらうよう頼む。


老店主は嬉しそうに「承知いたしました」と頷いた。




 モリヒトが温めの薬草茶を出し、老店主は静かに一口飲む。


「それと、ご意見を伺いたくて」


僕はガビーから預かっていた小さな銅板の栞を取り出した。


「うちのドワーフの新作なんですが」


僕は町の広場に店を持っていて、普段は漁師のお爺さんに任せている。


その店で売り出そうと思っていたが。


「干し魚の店に並べるのは少し場違いな気がして」


残念ながら、めちゃくちゃ似合わなかったのである。




 この町に本屋は無い。


魔道具でもないから、この店主の店にも栞は置いていなかった。


どこで取り扱っているのか、値段もどれくらいに設定すれば良いか、分からない。


「拝見いたします」


脳筋ぽい見た目の老店主は片眼鏡を取り出した。


大きな手に小さな栞をそっと乗せ、じっくりと眺める。


「美しいですな。 私の一存では決められませんので、お預かりさせて頂きたく思いますが」


僕は頷く。


「では、数枚お預けしますのでお願いします」


柄違いの栞を六枚取り出して並べる。


「おー、これは良いなあ。 俺にも一つ頂戴!」


ヨシローが横から手を出してきたが、バシッと弾く。


「ヨシローさんの分は、ガビーに聞いてからにしますね」


これは店で売り出すために作った見本品である。


「ガビーならヨシローさんが好きそうなものを作ってくれると思いますよ」


ニコリと笑って牽制する。


「うん、そうか。 じゃ、俺用に一つ頼んでおいてよ」


「分かりました」


僕たちが話している間に老店主は、綺麗な布に丁寧に栞を包んでいる。


「ありがとうございます。 大切に預からせていただきます」


薬草茶を飲み干し、老店主は立ち上がる。


僕とワルワさんで玄関まで見送りに出たが、外で待っていた護衛と御者のホッとした顔が印象的だった。


この店主は慕われているなあ。




 店は安泰だと思うけど、どうして老店主はそこまで疲れているのだろうか。


僕の疑問が顔に出ていたのか、ヨシローが喫茶店の接客で仕入れた情報を教えてくれる。


「あの店は息子で三代目だってさ。 二代目だった父親は自分自身があまり商売は得意じゃないって思ってるみたいだね」


それで、店主は息子に期待して、成人するとすぐに王都の知り合いの店で修行をさせたらしい。


「だけど、修行を終えて戻って来た息子と対立が増えたんだって」


息子は、高齢になって購買力が落ちた得意先を蔑ろにし、貴族や身分の高い者を優遇する。


王都の店ではそれが普通だったと言って。


 対立を好まない父親のほうが引退し、この町に引っ越して来た。


その後、あまりにも暇だったので支店を出すことにしたら、そこへ新しい店主とは気が合わずに辞めていった者たちが集まり、今の魔道具店になったそうだ。


そこまでは良かったのだが。




「息子が領都の本店で売れ残った物をこちらに持って来るようになったんだ」


老店主の店は堅実な商売で、田舎でもそれなりの売り上げがある。


その金で仕入れ、つまり買い取らされているという。


異世界人ながら商人でもあるヨシローの顔が怒りに歪んだ。


「いくら身内でも、甘過ぎるだろ」


このまま息子の押し付けが酷くなれば、店の経営自体が悪化するかも知れない。


「それは困りますね」


ヨシローが頷く。


「でも、俺たちに出来ることってないよなあ」


はっきり言って店の経営に関わることだから、僕たちは口を挟めない。


「せめて何か買うくらいでしょうね」


僕としては店が失くなるのは困るので、継続的に買い物をするくらいしか思いつかなかった。



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