第六百二十三話・教会の隠された規模
ヘイリンド護衛騎士とは、夕食も一緒に取った。
「いえ。 私は部屋付の護衛が仕事ですから!」
と、遠慮する青年を「エンディ様には内緒で」と無理やり座らせた。
今夜の料理は、厨房に隣領の食材を持ち込んで作ってもらっている。
「とても農作物が良く育つ土地なんですよ」
新鮮な野菜がとれる。
「なるほど、美味しいです」
ヘイリンドくんも大きく頷いた。
エンディ領は海と山が近い。
人が住む街は狭く、山肌を削った段々畑が多かった。
しかも鉱山があるので水もあまり良くないらしい。
食糧の多くは他領からの仕入れに頼っている。
「街道を走っていると荒れ地が多いですよね」
その辺り、元領主一族としてはどうなの?。
「昔は裕福な領地でしたから、どんどん仕入れていたのでしょうね」
漁港と鉱山、林業が主な産業だ。
今ではそれで賄えるだけの領民しか居ない、小さな領地だから出来る事。
「荒れ地の開墾には人手が足りない」
「そういうことです」
僕の呟きにヘイリンドくんが頷く。
翌朝、いつものように神社に参拝。
まだ顔を見ていないエンディの無事を祈っておいた。
最近はキランも参加している。
「何を祈ったの?」
と、何気なく訊いてみる。
「内緒です」
あー、そー。
その後、バムくんも交えて、しっかりしごいておいた。
ベラとデイジーも起きて来て訓練を見学している。
早起きに慣れるのは良いことだ。
「煩くて目が覚めてしまいました」
山の中腹を削った高台は、狭い敷地に立派な建物が並んでいる。
つまり空き地が少ない。
そこに僕たちや教会警備隊の若者たちも加わっての朝練。
山にも響くし、煩いわな。
しかし、それでも起きないウィウィはさすがである。
僕は4階に戻る前にゼイフル司書の部屋に寄る。
既に部屋付の侍女は来ていたので、取り次ぎをお願いした。
「おはようございます」
「おや、アタトくん、おはよう。 何かあったかね」
すでに身支度を終えた司書さんが出て来た。
「いえ。 本日のご予定を伺いに来ました。 ついでに朝食のお誘いに」
「それは有難い。 そちらの部屋に伺えばよいかな?」
朝食には間に合ったようだ。
「はい。 では後ほど」
僕が湯浴みをして着替える時間をもらう。
簡単な朝食を終えて、お茶にする。
「今日は教会に行かれますか?」
ゼイフル司書に訊ねる。
「ふむ。 わざわざ訊くということは教会に何かあるのかな?」
フッ、付き合いが長くなると分かってしまいますな。
「実はここの護衛騎士に聞いた話なんですが」
ヘイリンドくんは客が居る時は廊下に出て警備に当たっている。
僕は疑問を投げる。
「この土地は昔から教会の規模が小さいそうで」
確かに現在は少し狭い領地だが、前の領主が切り売りしたせいであり、昔はそこそこ広い領地だったようだ。
「そういえば、あまり目立ちませんね」
ゼイフル司書もカップを置いて窓に目をやる。
この部屋からは街がよく見えた。
教会の建物はどの街でもほぼ似ていて、必ず天に向かって伸びる尖塔がある。
どこからでも人々が見つけ易く、集まり易くするためだ。
しかし、ここでは普通の街並みに埋もれてしまっている。
あれでは他所から来た人は見つけられない。
「歴代領主が教会に関心がなかったから、ではないようですが」
秘密ではあるが、むしろ『悪魔』を恐れていた。
それなのに教会に縋らなかったのは何故なのか。
「単に高位貴族と教会が対立していたからではないのかね」
教会という組織は平民を貴族から守るために活動している。
「教会を建てたのは当時の神官長ですよね?」
「新しい土地には王都の教会本部から調査が入り、街の規模に合わせた建築となるはずですが。 確かに小さ過ぎますな」
ゼイフル司書は頷く。
「少し調べてみましょう」
「ありがとうございます」
ゼイフル司書には必ず護衛を連れて行くようにお願いする。
教会警備隊の4名は2名ずつ交代で休んでいて、必ず2名は館内で待機となっていた。
声を掛けて少なくとも1名は連れて行ってもらう。
どこで『悪魔』の話が出てくるか分からない。
ゼイフル司書なら『ダークエルフ』のことも知っている人だから、無駄に恐れることはないと思うけど念の為。
「バムくんと馬車も使ってください」
「承知いたしました」
ゼイフル司書は、僕の過剰な心配を笑顔で受け止めてくれる。
僕は出掛ける彼を1階まで着いて行って見送った。
さて、ネボスケはどうしたかな。
僕は部屋に戻る前にウィウィの様子を見に行く。
「おはよー」
「キャッ!」
なにが「キャッ」だ。
フカフカの布団にくるまっていた、可愛いが男であるモノをベッドから落とす。
「アラアラ」と、高齢の侍女が微笑ましそうに笑ってみていた。
朝食の準備をお願いし、その間に着替えさせる。
うん、やっぱ男だ。
「あんまり見ないで」
なんで赤くなるのか、分からん。
食べっぷりは普通の男子だ。
僕はモリモリ食べる彼の前でコーヒーを飲んでいる。
「そんなに朝が弱いのは何かあるの?」
貧血とか、病気持ちだったりするのかな。
「うっ、ううん。 どうしても夜は色々考えちゃって」
ウィウィはテーブルを離れてベッドに戻ると、枕の下から何かを取り出した。
「こーゆーのを考えたり、描いたりするのに夢中になっちゃって。 気が付いたら朝になってるの」
エヘヘと笑いながら見せてくれたのは、何かの図面である。
おいおい、これをベッドで描く?。
「描きにくいだろうに」
線も文字もヘナヘナで、僕には読めない。
「描くならベッドでなく机にしろよ。 家令さんに頼んで作業用の机をここに運んでもらうから」
「えっ、いいの?」
「当たり前だ」
僕はコイツを魔道具師として雇っている。
「これはお前の仕事だろ。 全部書き直せ」
せめて僕に分かるようにしてくれ。
「うん!」
女の子たちとキャッキャッウフフしているのも可愛いが、今のほうがイキイキとした良い顔してるよ。
僕は立ち上がる。
「じゃ、また後で」
「は、はい」
廊下で待っていたヘイリンドくんと共に、中年家令のいる執務室に向かう。
すぐに手配してくれるそうだ。




