第六百二十二話・隣りの領地の知人
エンディ領、領都にある領主館に到着した。
「ようこそ、アタト様」
エンディの王子時代からの側近、元近衞騎士である家令さんが出迎える。
「大勢で押しかけて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
代表して挨拶。
今回は教会関係者も一緒にお世話になる。
元々、この領都の教会施設が小さいために、他の関係者を収容する余裕がない。
「エンディ様は領外に出掛けておりまして」
少し遅れるそうだ。
最悪、いつ戻るか分からないと言う。
「構いません。 今回はゆっくり滞在させて頂きます」
エンディからも許可は出ている。
僕としては街のほうも視察に行きたいし、色々と変わったところもあるだろうから見ておきたい。
元領主がものすごく派手好きで、自分たち一族が住んでいる館を街が見下ろせる高台に集約して造った。
そのため、山の中腹に向かう沿道に高級な建物が並んでいる。
現在では使用人や領兵たちの宿舎に改造されていた。
エンディ自身あまり派手ではない、小ぶりで静かな館を選んで住んでいる。
「お蔭で警備が楽ですよ」
と、家令さんは笑う。
さすが元護衛騎士である。
しかし何故か、ここに来る度に僕は趣味の悪い部屋に通される。
「他に使い道がありませんので」
派手好きな客にはウケるそうだ。
高台にある館の、さらに4階となると見晴らしが良い。
「他の皆さんの部屋はこの下の階になります。 食堂や浴場は1階になりますので、館の者に声を掛けてご利用ください」
主客室である僕の部屋だけには、ちゃんと簡易厨房と、すごく悪趣味な大きめの風呂場がある。
やらかした元領主が個人的に使っていた別棟だ。
何に使っていたか丸わかりだな。
僕の部屋で打ち合わせした後、解散になる。
この領地では街の警備も充実しているので、教会警備隊の護衛たちも休暇にした。
「分かりました。 教会に出掛ける際には声を掛けてください」
モリヒトから各自に小遣いが渡される。
食事やなんやと街に出れば金が必要になるだろう。
この山から街へと往復するだけでも馬車代はかかりそうだし、多めに出す。
ウィウィと少女たちも喜んで受け取っていた。
足りない場合はモリヒトに直接交渉し、辺境伯領地に到着してからの精算となる。
食事に関しては自分で好きにして良い。
館の者に断って街に食べに行ってもいいし、厨房を借りて自分で作ることも出来る。
「おーい、入ってくれ」
家令さんの声で廊下から数名の侍女が入って来た。
エンディ家の使用人たちは、それぞれの担当が決まっているようで、名前を確認し案内して出て行く。
ウィウィもちゃんと男性だと認識していた。
教育の高さは王宮仕込みなのだろうな。
「この部屋の担当は彼です」
家令さんに紹介されたのは、どこかで見たような。
「エルフ様、お久しぶりでございます」
礼を取って下げていた顔を上げる。
「ヘイリンド護衛騎士様」
以前、消えた一族の話をしてくれた、元領主の当縁に当たる下位貴族の青年騎士だ。
「あの時はお世話になりました」
僕は感謝の礼を取る。
「いえ。 こちらこそ、拙い話を聞いてくださり、ありがとうございました」
彼の一族に伝わる話は、あまり良い内容ではなかった。
一族にすれば隠しておきたい話だったかも知れない。
それをヘイリンドくんは話してくれたのである。
「私は吐き出せて良かったです。 ずっと一族だけの秘密で、苦しくて辛かったので」
僕は彼を部屋に入れ、お茶の時間にする。
それは、まだこの国が一つにまとまっていなかった頃、元領主の一族が開墾した森の中に、既に発展した町があったことから始まる。
現在の辺境伯領地がその町があった場所だ。
彼らの魔法や技術の高さに目が眩み、税をかけようとしたら、町の住民が一人残らず消えた。
エンディからは、王宮でも昔の不思議な話として語り継がれていると聞いている。
その消えた街の住民の一人を捕らえていたのが元領主のご先祖。
発展の秘密を吐かせるために酷いことをしていた。
そして、囚われていた住民が消える直前、その姿を見たご先祖の記録が発見されたのだ。
ーー長く魔力遮断の牢にいたせいか、髪は白くなり、肌は浅黒く、目が暴走した魔獣のように赤かったーー
その姿から、あの街の住民は『悪魔』だったのでは、と言われた。
この世界では魔素により変異するものがある。
獣は魔獣に、魚は魔魚に、無機質な生物は魔物になるという。
人間が魔素によって変化へんげしたものを魔人、もしくは『悪魔』と呼ぶそうだ。
その『悪魔』に関わってしまった。
アレは必ず復讐にやってくる!。
『悪魔に狙われた一族』
元領主の血族は自分たちをそう呼んで、勝手に精神を病んでいった。
囚われていた者が闇に包まれて消えたということで、闇魔法ではないかといわれている。
『ダークエルフ族』
あの時、僕はヘイリンドくんの口から出た言葉に衝撃を受けた。
闇魔法を使うという種族特性を持つ彼らは、光魔法を使う教会の『神』と正反対の種族として『悪魔』と呼ばれ、恐れられたという。
『悪魔』なんて、あんまりだ。
僕はずっとそう思っている。
『ダークエルフ族』は『神』と敵対なんてしていないのに。
御遣いなんてやってる僕がその証拠だ。
特に『神』には怒られていない。
ヘイリンドくんはまだ怖いのかな。
「あの後、何か新しい情報はありませんか?」
「とても興味深い話だったので」と話を振る。
「消えた町についてですか?」
僕はニコニコしながら頷く。
子供らしい顔をして。
「特にはないですが」
それでもヘイリンドくんは考えている。
「関係ないかも知れませんが、冷静になってみると、少しおかしいなと思うことはありました」
ほお?。
ヘイリンドくんは、歴代領主の傍流の下位貴族である。
「あれだけ『悪魔』を恐れていたご先祖様は、何故、教会に救いを求めなかったのかと」
ここの教会は、他の街に比べてかなり小規模である。
「以前からですか?」
精神を病んだ者が多かった一族だ。
途中から気が変わったのでは?。
「いえ。 それはないです」
ふむ。




