第六十二話・店主の息子と遭遇
翌朝、僕は遅めに起きた。
ヨシローの足音がバタバタと煩かったが、おそらく王子の出立を確認して来たのだろう。
「おはよう、アタトくん!。 王子様一行は行っちゃったよ」
ティモシーさんとも普通に会話していたそうだ。
「そうですか。 それは良かったです」
これで少しは町も静かになるだろう。
僕たちの周辺もね。
ほら、ワルワさんも頷いてる。
そして僕とモリヒトは朝食後、落ち着きを取り戻した町中を漁師の家へと向かう。
ワルワさんからお爺さん漁師にトスの手紙を渡してもらったので嬉しそうにしていた。
「トスもそろそろ帰って来ますよ」
魔力を操れるように修行していると言うと驚かれたが、彼の魔力のことは僕たちに任せてくれるという。
「元気ならええんじゃ」
トスが普段使っていたコップを差し出された。
「あいつの親が買ってくれたものらしい。 持たせるのを忘れたからな」
慌ただしく町を出てしまったから仕方ない。
『お預かりします』
モリヒトは、大切に受け取って荷物の中に仕舞った。
次は教会である。
まだ慌ただしそうだが、若い警備隊員がローブ姿の僕たちに気付くと蔵書室まで案内してくれた。
「司書様が、お二人はいつ来るのかと楽しみにしておられましたよ」
「ありがとうございます」
もの静かな老人がワクワクしている姿を想像して、何だか嬉しくなる。
蔵書室に着くと何人かの気配がした。
「だから、これを譲って欲しいとお願いしているんだ」
「ですから、それは出来ません。 大切な頂き物なのです」
言い争う声は、司書さんと魔道具店店主の息子の方だった。
「失礼いたします。 どうされましたか?」
警備隊員が割って入り、事情を聞く。
「いえいえ、騎士様、大した問題ではありませんよ。 ただ司書様のお持ちの品を見せていただいていただけです」
ニヤニヤしながらそう言う店主側は、息子の他に二人の大柄な護衛が付いていた。
お年寄り相手に、明らかに威圧している。
「へえ、研究熱心なことですね」
僕は、警備隊員の若者の後ろから声を掛ける。
「あ、アタト様!」
昨日会ったばかりだから顔は覚えていたようだ。
ま、こんな全身ローブ姿の二人連れは逆に目立つからな。
「アタト様、お久しぶりですな」
「ええ、お元気でいらっしゃいましたか?」
老司書と笑顔で軽く挨拶を交わす。
司書さんの手元の銅板を見て、
「その銅板、如何でしたか?。 お気に召していただけると嬉しいのですが」
と、話題にした。
明らかにその銅板を狙っていたらしい息子店主が動揺する。
「ええ、とても美しいので気に入っていますよ。 ここに飾るのにふさわしい出来です」
「良かった。 司書様に選んで頂いた本がいたく気に入って、どうしてもお礼に渡してくれと頼まれましたので」
そう言いながら借りた本を返していく。
司書さんが新しく貸し出すための本を揃えている間、店主の息子は僕をチラチラ見ていた。
「あの、アタト様。 こちらの銅板もアタト様の作品ですか?」
恐る恐る声を掛けて来る。
「あー、銀食器を作ったのと同じ鍛治師の作品ですよ」
ドワーフの工房主に頼まれて預かっている鍛治師の若者だと話す。
「まだ修行中です。 工房から独立したばかりでしてね」
「それならっ!」
必死な息子店主に両手で手を握られた。
イテッ。
無表情だったモリヒトの機嫌が一気に降下する。
「是非、私共の店と専属契約を!。 金は倍、いえ、三倍お支払いいたします!」
馬鹿じゃないのか、コイツ。
「お断りいたします」
ニッコリ笑って拒否する。
「な、何故ですか?!」
食い下がる息子店主に、
「お父上に相談されると良いですよ」
と、言い残して僕たちは本を受け取ると外に出た。
昨日の魔道具の宣伝の中に気になる物があったので寄ってみたかったが、店主息子には会いたくないので今回は保留。
ワルワ邸に戻って来ると、
「昨日は本当にありがとうございました」
と、ティモシーさんに出迎えられる。
「いえ、ティモシーさんこそ、お疲れ様でした」
でも、教会警備隊は忙しいのでは?。
教会に寄って来たけどバタバタしてましたよ?。
「ええ。 まあ、私は応援に来ている立場なので」
ヨシローの周囲に気を配っているだけでも、教会的には助かるそうだ。
そりゃあ、ヨシローは誰でも友達感覚で、領主の娘や得体の知れないエルフにも気安く話し掛ける。
出来れば誰も近寄りたくないんだろうな。
「それより、例の薬草茶ですが」
警備隊での結果をまとめた報告書を見せてもらう。
ワルワさんの分も合わせると、まず、人族にも害ではないという。
「ワシの友人の薬師にも調べさせてみたが問題は無かったぞ。それより、病人の回復に効果があったらしくてな。
ぜひとも売ってくれと頼まれた」
ガハハとワルワさんが楽しそうに笑う。
直接の治癒ではなく、病後の回復を早めたり、体が元々弱い体質の方の体調管理に良い結果が出たそうだ。
「警備隊でも治療師が欲しがっていました。
こちらは教会の会計士と交渉してからになりますが」
ティモシーさんもそう言ってくれるが、元々はヨシローに頼まれただけの物である。
僕はヨシローに訊ねた。
「あの、今後の薬草茶の納品はどうすれば良いですか?。
お役に立てるのは嬉しいのですが、薬草の採取が不定期なので、数を揃えるのは難しいのです」
「えっ、そうなの?」
ヨシローは珍しく考え込む。
「あれ?、でもこれって、かなり薄める必要があるんだったよな」
「そうじゃな。 アタトくん用一人分が、この町では十人分に相当する」
驚いた、そんなに違うのか。
もしかしたら僕はそれほど弱っていたのかな。
ワルワさんは、僕が一人分として煮出したものを更に十倍に薄めるという。
「薬として処方するなら、その人の体調に合わせた量になるでしょうが、毎日、常飲する人は少ないと思いますよ」
と、ティモシーさんも言った。
「じゃから、安心して納品してくれたまえ」
流行病の特効薬ではないから、急に大量に必要になるということもないだろう。
僕は頷き、ワルワさんにお任せすることにした。




