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異世界を信じる者たちへ 〜何故かエルフになった僕〜  作者: さつき けい


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第六百十九話・次の大会はあるのか


 僕は、元の世界でも自分が甘い人間だったような気がする。


目の前に泣き腫らした目の赤毛の少女。


「本当に申し訳ございません」


筋肉眼鏡と一緒に頭を下げている。


 早朝、庭に出ようとしたところで、僕はこの2人に捕まった。


大旦那との会談の前にどうしても話したいと言うから、部屋に戻ったのだが。


「つまり、説得は出来なかったと」


「……はい」


やはり、な。


 老人というのは頑固なものだ。


自分の意思を曲げることを良しとしない。


たとえそれが間違っていたとしても。




 2人には座ってもらい、モリヒトがお茶を出す。


キランたちには朝練を続けさせた。


「しかし、大切なお嬢様でも説得が無理となると、今回は大会自体を諦めねばならないようですね」


「そ、それは」


お嬢様は残念そうに肩を落とす。


「アタト様ならば、何か他に案があるのではないかとお訊ねに来たのですが」


筋肉眼鏡も悔しそうに俯く。


はあ、そんなことのためにお嬢様を早起きさせたのか。


かわいそうに。


「ないわけではない、ですよ」


僕の言葉に2人が俯いていた顔を上げる。


そして僕は新たな計画を2人に語った。




 軽く朝食を摂り、仲間たちには荷物の馬車への積み込みと出発の準備を頼む。


バムくんには馬車をいつでも出せるよう、玄関に回しておいてもらう。


ついでに教会へ、ゼイフル司書と警備隊の護衛たちを呼びに行かせた。


 こちらの護衛はモリヒトひとりで充分だ。


「では行ってくる」


僕は大旦那との交渉に向かう。


「お気を付けて」


キランが少し心配そうに見送っていた。




 予定通り、食後の時間を見計らって大旦那の部屋を訪ねる。


「おはようございます」


「うむ。 おはよう、エルフ殿」


自分の思い通りに事が運んでいると思っている大旦那は機嫌良さそうだ。


交渉のテーブルに向かい合って座る。


侍女が飲み物を置いて下り、お嬢様と筋肉眼鏡、その他文官と家令を始め使用人たちも何人か部屋にいる。


人払いする気はないようだ。


まあいい、好きにしろ。


「では、こちらを」


僕は、まず家令にそれを渡す。


金庫番の文官を経由して大旦那の手に渡った。


 昨夜、キランに作り直させた契約書である。


「金額はご領主様の指示通りにいたしました」


「うむ。 ご苦労であった」


大旦那が署名し、魔力を乗せようとする前に、僕は一旦止めさせる。




 チラリと家令と金庫番を見た。


黙っているが、いいのか、コレで。


僕の視線に気付いた2人は頷いた。


「次期領主であるお嬢様にも目を通して頂きたく思います」


打ち合わせ通り、筋肉眼鏡テュコトさんがテーブルから契約書を取り、お嬢様に渡した。


「アタト様にはかなり譲歩して頂いたようですが。 お義祖父じい様、本当にこれでよろしいのですか?」


優しく大旦那に話し掛ける。


「勿論だ。 土地に関する使用料は大会日まで。 大会当日の建物の使用料は、それまでの土地の使用料と相殺とする」


問題はないと大旦那は上機嫌でお茶のカップに口を付けた。


「ですが、これにはいつ、という指定がありません」


筋肉眼鏡がクイッと眼鏡の中央を指で上げる。


「剣術大会まで、と書いてあるだろう」


大旦那の声に苛立ちが伺える。


要するに、その剣術大会が「いつ」とは書いてないんだよ。




 はあ、爺さんには分からんか。


「ご領主様。 失礼ながら説明させて頂きます」


僕は昨日提案した仮契約書を取り出して、今回のものと並べる。


「昨日の書類には、『今年』の剣術大会と明記いたしましたが、今回はそれが抜けているのです」


僕はその部分を指で示しながら、口元をニヤリと歪ませる。


「つまり、本日の契約書は今回限りではなく、これから行われる予定である剣術大会全てにこれが適応されます」


期日の指定がない、ということはそういうことだ。


「それは、こちらにとってはありがたいことだな」


ほお。 やはり分かっていない。


クックッ。


「何が可笑しい」


思わず笑みが溢れた僕を大旦那は訝しむ。


「我々商人がそんな契約で満足すると思いますか?」


僕の低い声に家令と金庫番がブルッと震える。




「まずは、契約には『今年』とは書いてございませんので、今年のこちらでの剣術大会からは手を引かせていただきます」


建物の撤去など、モリヒトならすぐに終わる。


「それは!」


「もちろん、昨日と本日お借りした土地につきましては使用料が発生いたしますが、それにつきましては剣術大会が行われた場合に相殺となります」


期日は設けられていない。


だから、今回はナシな。


「それから剣術大会につきましては、私共アタト商会が主催いたします。 どこか違う場所で開催し、楽しみにしていらっしゃるお嬢様や領地の方々をご招待いたしましょう」


もう室内の誰もが黙り込んでいる。




「な、何を言う!。 剣術大会は我が領地の」


顔を赤くした大旦那の声だけが響く。


「ええ、勿論、こちらの領地での剣術大会とは重ならないよう注意いたします」


僕は立ち上がり、深く礼を取る。


「それでは、次の領地に向かいますので失礼いたします。 お世話になりました」


モリヒトが扉を開けて待っている。


僕はそこへ向かい、一歩廊下に出て室内に向かって振り向き、


「あー。あの闘技場はお邪魔にならないよう、更地にしていきますので、ご心配なくー」


と、大声で叫ぶ。


バタンと扉が閉まった。




 大旦那が何か大声で喋っているが、廊下では内容までは分からない。


玄関に向かうと、皆、すでに乗り込んでいた。


早過ぎない?。


「アタト様のことですから、何かやらかすから逃げる準備をしろ、という意味だと理解いたしました」


と、キランが恭しく腰を折る。


僕のやり口は想定内だそうだ。


「闘技場に向かってくれ」


御者のバムくんに声を掛けて乗り込む。


「了解っす!」


護衛の騎馬と共に馬車が動き出した。




 街の外れの闘技場。


中に入れるわけではないに、見物人が押し寄せていた。


そして、領兵たちが警備にあたっている。


「エルフ殿、久しぶりだな」


領兵で大旦那の旧友である老騎士が近付いて来た。


「お久しぶりです、隊長様」


「少し話したい」


はあ、そうくるよな。



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