第六百十六話・会場の仕上げと見学
モリヒトの作業が終わった。
『確認をお願いします』
「分かった」
精霊と人間では感覚が違うため、精霊が造ったものをそのまま人間が使うのは危うい。
そのため主である僕が一度、確認する必要があった。
皆にはこのまま待機しててもらう。
ウィウィはウトウトとしているが、がんばって起きていた赤毛のお嬢様が抗議する。
「えー、せっかく起きて待ってたのに」
おい、酔ってないか?。
お嬢様の気分が高揚してる気がする。
「申し訳ありませんが」
お嬢様には、明るくなってから少女たちと一緒に見学するように宥め、テュコトさんとバムくんに後を頼む。
「キラン、行くぞ」
「はい!」
3人で建物の中に入る。
キランには、これから僕が不在の時に管理を頼むこともあるので、中の様子は見せておきたい。
彼自身も嬉しそうに張り切ってついて来た。
僕とモリヒトは明かりが無くても平気だが、気配では分かったとしても暗闇は不安だろう。
「キランに光を出してやってくれ」
『はい』
モリヒトがフワフワと漂う光の玉を出す。
精霊の玉と違うのは意思がないこと。
だから、風が吹くと流れて行ってしまう。
「おっと!」
捕まえておかないといけない。
「キラン、離さないようにな」
「はい。 ありがとうございます」
とりあえず見て周り、僕が細かい箇所を修正していく。
その間、モリヒトはノームを呼び出し、管理や修復の説明をしていた。
一番大きな観客用出入り口の左右に土産物店と食堂を設置。
奥に共有の従業員の休憩所や護衛の控え室がある。
会計管理用の部屋は防御を強めに作ってもらった。
『ここだけはアタト様の闇魔法で、本部との出入り口を設けたらいかがでしょう』
と、モリヒトが提案してきた。
「出入り口?」
『はい。 迷宮では沼を入り口として魔素溜まりに魔獣を落とす一方的なものでしたが、今のアタト様ならば闇魔法で暗闇をかなり移動出来ますから』
まあ、僕だけなら、な。
迷宮造りでは、僕もかなり闇属性の魔法を使ったために魔力が強化された。
魔法の種類、発動の速さ、魔力の強さ、詠唱短縮。
『一ヶ所だけ壁に出入り口を設けて、アタト様専用扉を作れるのではと思いまして』
お蔭で闇を移動する距離も延びているようだ。
「分かった、やってみよう」
でも、本部と直接繋がるのは危ない気がする。
なんせ魔獣の森の中だからな。
「この部屋に地下室を作って、そこに繋げよう」
階段を降りて真っ暗闇の地下室へ。
そこに本人確認の魔力結界を張り、最奥に本部への扉を繋げる。
最悪、危険なモノが忍び込んでも進めないように。
『承知いたしました』
金を扱う部署だから、これくらい慎重でもいいだろう。
迷宮の時に知ったが、ノームは人見知りで、あまり人間が好きではないらしい。
だけど、僕に対してはモリヒトの子分ぐらいに思っているようだ。
少し慣れたせいか、ヒョコッと挨拶してくれて可愛い。
この地下室、こいつらの休憩室にしたらどうだろう。
どうせ、僕しか通らないし。
『それはいいですね。 ノームたちもアタト様の魔力に触れることは喜びます』
えー、そうなの?。
『エルフ族の魔力は精霊に近いので、たいていの精霊や妖精族に好まれますよ』
そ、そうか。 それは嬉しいな。
「なあ、モリヒト」
『何でしょうか?』
作業しながら訊いてみる。
「モリヒトはいつからノームを使えるようになったの?」
僕と2人でエルフの森を出た頃はいなかった。
あれから何度も岬の塔や魔獣の森の商会本部なんかを改造したり造ったりしてるけど、ノームは見たことがない。
ノームは自然界に存在する土属性の妖精である。
精霊とは仲良しなんだとか。
『それは。 アタト様の階位が上がったからでございます』
「ん?」
なんのことだ。
『精霊界でアタト様の評価が上がったため、少し前にノームを呼び出すことが可能になりました』
エルフと精霊の眷属契約では、主は眷属の魔力の影響を受け、眷属も主の影響を受ける。
『人間などは生まれた血筋で、ほぼ階級が決まっているようですが』
ああ、貴族とかの話か。
特に目覚ましい成果があれば、ケイトリン嬢のように叙爵されたり、国の都合でエンデリゲン王子みたいに臣籍降下されることもあるが、稀である。
『アタト様の評価は2年前より上がっております』
それで眷属であるモリヒトの能力も、目に見えて変わったという。
修行すれば、身体能力や魔法は強化されるのは分かる。
「階位ってなんだよ」
『やりたいことが出来るようになり、望んだことが叶うようになる、ということです』
いや、それは答えになってないだろう。
『人間の言葉にするのは難しいです。 ただ、アタト様に関しては精霊王様も感謝されておりますよ』
そうなのか。
「階位なら、僕なんかより精霊王様の方が上だろ?。 モリヒトなら何でも出来そうなのに」
モリヒトのもう一人の主は精霊王であり、その主の命令で僕の眷属になり、世話係をしている。
『あの方の近くに居て、あの方のために力を使うのであれば、そうなりますが』
僕のために使うなら、この程度ということか。
まあ、そうなるよな。
「分かった、すまんな。 答えてくれてありがとう」
『いえ。 アタト様もこの世界で叶うことが増えるといいですね』
あー、そーだねー。
「でも、僕はー」
その時、気付いた。
キランが側にいたことに。
「聞いてた?」
「え?、なんのことでしょう」
光の玉を抱えたキランが、しゃがみ込んでノームを観察していた。
こっちの話は聞いていなかったようだ。
「私はアタト様のことは信じていますよ」
え?。
「何かを知ったとしても、何も知らなくても」
そう言って、キランは笑った。
うーむ。 いいのか、それで。
とりあえず、地下室に結界と仮の扉を設置して戻ることにする。
お嬢様は待ちきれずに寝てしまっていた。
「すみません、お待たせしてしまいまして」
「いいえ。 無理を言ってついてきたのはこちらですから」
テュコトさんは苦笑する。
寝てしまったウィウィはモリヒトが、お嬢様はテュコトさんが抱えて、領主館に戻った。




