第六百十五話・闘技場の新造と出店
夕食は僕の部屋で、こちらの関係者だけで摂る。
買い込んだ野菜を使った試食会も兼ねて。
さすがに調理は領主館の料理人にお願いした。
試食といっても別に詳しく感想を聞きたいわけではない。
どうも僕は異世界料理を好み過ぎてるから、この世界の普通の味を忘れてる気がしている。
ただ美味しいかどうか、教えてもらいたいな。
「お嬢様とのお茶会はどうだった?」
色々と報告もあるみたいなので話を聞く。
「大変だったけど、楽しかったわ」
ベラは、お茶会での侍女の立ち回りを教えてもらったらしい。
「はい!。 素敵なドレスも着せてもらったんですよ」
デイジーは、お嬢様と体型はあまり変わらなかったようで、お茶会用のドレスを借りて、礼儀作法を勉強したそうだ。
「お茶もお菓子も美味しかった!」
ウィウィは、お菓子をご馳走になったと。
キランとバムくんは護衛についていてくれた。
ありがとう。
監視役、ご苦労様。
「そちらは何かありましたか?。 帰るなり、すごい勢いで話し込んでたみたいですが」
キランが訊いてくる。
「うん。 この後、本部と通信を繋いで許可を取ってからになるけど」
今夜のうちに闘技場を造ってしまいたい。
「え、闘技場って。 あの剣術大会の会場ですか?」
夕食を食べながらなので、口をモグモグさせたまま頷く。
飲み込んでから話を続ける。
「モリヒトは前回造っているので、同じものならあまり時間もかからないそうだ」
夜間の方が人目に付きにくい。
「ボク、見に行ってもいい?」
ウィウィが手を挙げる。
「構わないよ」
暗いからほとんど見えないし、あまり面白いものではないけどな。
ボーッと突っ立っているだけだ。
「じゃあ、私たちは明るくなってから見に行くので」
うん、少女ふたりはその方がいい。
どうせ、街から出る時に通るはずだ。
食後のお茶を飲みながら、全員で通信機を囲む。
顔が見えるわけではないので話くらいしか出来ない。
「また増えたんですね。 今回は魔道具師ですか」
お婆様の呆れた声がする。
「ボク、ウィウィです!。 がんばりますっ」
おいおい、そんな大声出さなくても。
「オホホホ」
お婆様が笑ってる。
コワイ。
「すみません。 ガレヴァン様の方は契約書の金額が変更になりまして」
「あら、そうですか。 ではお戻りになる前に書類だけ送ってくださいね」
「了解しました」
横目でモリヒトに頼んでおく。
ついでに、お婆様たちが好きそうな野菜も一緒に持って行ってもらおう。
『承知いたしました』
モリヒトも頷く。
「その、実は」
「まだ何かあるのでしょうか?」
はい、ありますー。
「辺境伯夫人のご実家の領地にいるんですが、ここに闘技場を建造します」
土地を借り、前回、剣術大会で造ったものと同じ規模の建物にする。
その中に食堂と辺境地の土産物を売る店を出したい。
「剣術大会が行われる夏の間だけの出店になる」
「そうしましたら、食堂の調理人と給仕。 売店の売り子と経理担当。 警備も必要でしょうか?」
ドワーフのお婆様が経費を計算し始める。
「一応、期間中は領兵隊が見回ってくれる。 後は教会警備隊にも協力を頼めると思う」
「分かりました、では警備は最低限の人数でよろしいですね」
「はい」
ううっ、緊張する。
しばらくして、お婆様の声が返ってくる。
「土地の使用料は1年契約にして、売り上げに対する税はどうするのか決めて来てください」
「えっと。 建てちゃってもいい、です?」
ハア、とため息が聞こえた。
「アタト様はもうお決めになっておられるのでしょう?。 私共はそれに従うだけでございますよ」
「そんなことはないよ、お婆様」
僕は少し声を落とす。
「僕は異種族で子供だ。 無茶を言ってる自覚もある。 だから、眷属のモリヒトにも僕が間違っていたら教えてほしいと頼んでる。 だからー」
間違っているのに放置され、馬鹿にされるのが一番嫌だ。
「分かっておりますよ、アタト様」
案外、優しい声がした。
「アタト様がなさることは、本当にびっくりすることばかり。 でも、それは間違っているわけではございません。 私共が長く生きて来た中でも経験したことがないだけです」
なんだか笑っているようだ。
お婆様の声が明るい。
「間違ってもよろしいでしょう。 初めてのことですもの。 一緒に間違って反省して、たくさん実績を重ねてまいりましょう」
「……うん。 ありがとう、ございます」
お婆様からは見えないが、僕は深く頭を下げた。
大旦那に許可をもらい、夜中に移動結界で剣術大会予定地に飛ぶ。
筋肉眼鏡と赤毛のお嬢様もついて来た。
「わあ、真っ暗でなーんも見えないー」
ウィウィが騒ぐのを静かにさせ、キランとバムくんがランプを灯して掲げる。
「モリヒトは建造に集中するので、こちらは手薄になります」
一応、僕が防御結界を張るけど、何かあったら。
「お嬢様はテュコトさんにお願いします」
「承知いたしました」
筋肉眼鏡は、お嬢様にピッタリ寄り添う。
『では、終わるまで動かないでください』
「分かった」「承知しました」
モリヒトが暗闇の中に消える。
僕は結界の中にテーブルと椅子を出す。
「どうせ終わるまで何も出来ないから」
飲み物とお菓子を出して並べる。
「お好きなものをどうぞ」
遠慮してる間にモリヒトの作業が終わってしまうよ。
「では遠慮なく」
うん、どうぞどうぞ。
「わあ。 美味しいよ、コレ」
ウィウィは少し遠慮しようか。
バムくんは周りを警戒し、キランはじっとモリヒトのいる方向を見ている。
同じ眷属になったので、魔力でお互いの位置はだいたい分かるようになったらしい。
「アタト様、寒くありませんか?」
キランが気を使ってくれる。
春とはいってもまだ浅い。
夜は冷えるねー、ズズズ。
「あっ!、アタト様。 それ、お酒でしょう!」
煩いな、ウィウィ。 黙っとけ。
「アタト様?」
「コーヒーに少し落としただけだよ」
実によい香りがする。
「それ、私にも頂けませんか?」
お嬢様は未成年だよね?。
僕が飲んでるからダメとは言えないけど。
隣の筋肉眼鏡が良いなら……あ、いいのね。
どうぞ。




