第六百十四話・街の名物を作る
部屋に戻って普段着に着替える。
「いいんですか?、あんなこと言って」
キランがブチブチ言いながら、僕が脱いだ服を片付けている。
なんだか、本当にモリヒトに似てきたよな。
「いいんだよ、あれで」
僕はソファに沈むように座る。
柔らか過ぎるな、この椅子は。
今はまだ、赤毛のお嬢様も分からないだろう。
大旦那に至っては問題をどれだけ認識しているかも謎だ。
だけどひとりだけ、この問題を認識し、自分のこれからの行動を考え始めた者がいる。
「さて、どう出るか」
楽しみだな。
そろそろ来るか。
「失礼します」
「やあ、元副長」
「……テュコトと申します」
すまん、眼鏡が印象的だったからずっと筋肉眼鏡って呼んでたわ。
「街の案内がご希望と伺いましたので、私がご案内させて頂きます」
へえ、 忙しいんじゃないの?。
「他の者に案内をさせて、アタト様のご意見やご要望を報告で聞くより早く処理出来ますので」
そりゃ、二度手間よりマシか。
「では、よろしくお願いします」
筋肉眼鏡テュコトの案内で、僕はモリヒトと2人で街へ出掛けることになった。
キランには、辺境伯家から預かっている少女たちの対応を頼む。
「承知いたしました」
ここのお嬢様にお茶会でも誘ってもらえるように頼んでおくか。
女ってのは暇にしとくと何をするか分からんからな。
「私からも伝えておきましょう」
お、筋肉眼鏡さん、助かる。
領主家の紋章入りの馬車で出掛ける。
まだ1年ほどしか経っていないので、そんなに変化は見られない。
ただ、あれだけ領主館や、その隣家の貴族家で騒動があったにしては、あまり騒ぎにはならなかったようだ。
「領兵隊ががんばりましたからね」
領兵隊元副長としては自分たちの成果にしたいか。
「でも実際には街中、剣術大会の話題で盛り上がっていたせいでしょう?」
街の住民に気付かれずに処理する。
それが僕の狙い。
彼もそれは分かっていたのだろう。
領兵隊の仕事は、迅速で完璧な後始末だった。
「アハハハハ。 確かに」
2人で顔を見合わせて笑ってしまう。
馬車を降りて商店街を歩く。
「あ、銅板栞」
道具屋の店頭のガラスケースに見慣れた品を見つける。
「ええ。 この街の地下にあるドワーフ街から日用品は入って来るようになりました。 まだ精密な美術品に匹敵するような物はなかなか入りませんが」
ふむ。 ドワーフ族もがんばってるな。
食材が見たいので市場に向かう。
「そういえば、前回いらした時も農作物を中心に購入されていましたね」
よく覚えてやがる。
この領地は領都以外は農地が多い。
とにかく領地が広いので農機具がよく売れるとドワーフ街で聞いた。
辺境地だと武器防具が中心になる。
やはり土地により売れ筋は違うということか。
市場で新鮮な野菜を買い込み、種や苗も教えてもらって購入する。
新たに作った畑には何が育つのか知りたい。
麦やライスが中心になるが、美味しい野菜もたくさん作れたらいいなあ。
『育て方の注意をまとめた本はありますか?』
モリヒトも熱心に聞き込んでいる。
「ああ、あるよ。 この先に農作物の資料を専門に扱ってる店が」
『ありがとうございます』
足早に向かう。
何か特別なものがあったのかな。
モリヒトの目が真剣だ。
『野菜から作る酒があるそうですよ!』
そんなこったろうと思ったよ。
資料屋には、酒の作り方まであった。
嬉しそうにモリヒトが買い込む。
『ウスラートさんが喜びそうです』
まあ、モリヒトと同じくらいには、な。
昼食は市場近くの食堂に入って摂る。
やはり産地が近いと野菜は美味しい。
「定期的に購入したい時はドワーフの行商人ですか?」
眼鏡のテュコトに訊ねる。
「そうですね。 他にも必要でしたら商会をご紹介いたしますよ」
「ぜひ、お願いします」
市場でも大きな店構えの野菜売り場がある商会だ。
「テュコトさんのご紹介とは珍しい。 えっ、アタト商会?」
商会長に会ったら驚かれた。
「はい。 辺境地で魔獣素材の卸売なんかをやってます。 ご存知でしたか」
「知ってるも何も。 エンディ領で食堂が評判だろ。 うちの領地にも出しちゃくれないかと思ってな」
ああ、なるほど。
それもありかも知れん。
「これだけ良い農作物があるのですから、それを使った食堂はあってもよさそうですね」
しかし、それにしても現在の食堂に影響が出たら恨まれるし。
んー。
「テュコトさん。 剣術大会の闘技場予定地は前回と同じですか?」
「はい。 その予定ですが」
「行きましょう」
すぐに馬車に乗り、領都郊外にある領兵訓練場に向かう。
モリヒトの移動結界で到着した場所である。
「荒れ地のままですか?、訓練は?」
人の気配がない。
「ええ。 以前ほど使われておりません。 ですが、夏には大会の会場になりますから他のものを建てるわけにはいきませんし」
そうか。 なら、都合がいい。
「闘技場を常設にしてもいいですか?」
「は?」
眼鏡脳筋が驚く。
「毎年、開催するには条件があって、それを達成しないと造れないと聞いておりますが」
いやいや、造れないわけじゃない。
「開催に協力するには条件があるというだけです。 会場については、普段、訓練に使われているので、開催期間だけの方が良いと思っていましたが」
使っていないなら、建物だけ造っておいても良いかも知れない。
一旦、領主館に戻り、大旦那と話し合いが必要だ。
勝手に他人の土地にデカイ建物を造るわけにはいかない。
「ああ、構わんぞ。 というか、こちらから頼みたいくらいだ」
大旦那も賛成してくれた。
しかし、闘技場は建設費用が高く、領主側ではそれの負担は大きい。
「こちらも持ち帰って検討します。 土地だけを貸して頂き、常設の闘技場にし、その中に辺境地の出店や食堂を期間限定で出せたらと思いまして」
それならば、領主は土地の貸し賃が入り、建物の維持管理はアタト商会。
闘技場の管理はノームたちに任せられる。
大会期間中だけの運営なら、人員も少なくて済む。
ドワーフのお婆様と食堂の老夫婦にも話してみよう。
剣術大会が見れると聞いたら喜びそうだ。




