第六百十一話・旅の道連れの少年
「ほんとに良かったんですか?」
馬車の中に新しい同行者が増えていた。
「ボクのために、あんなにたくさんのお金をー」
「気にすんな」
これは投資だ。
彼なら、これからいくらでも稼いでくれそうだと思った。
まあ一番最初に浮かんだのは、ジョンが無表情の裏で密かに喜んでいる姿だけどな。
きっと僕はドワーフのお婆様には叱られるだろう。
その時はまた働いて稼ぐさ。
今回、魔道具師の少年を連れ出すのは、ちと骨が折れた。
家族を説得するのに時間が掛かってしまったのだ。
僕が彼に自信を付けさせるために作品を買い込んだせいで、家族から反対されてしまった。
「あんなに売れるなら」
と、誰にでも高く売れると勘違いさせてしまったのが原因だ。
「このままうちで働いていても稼げるんだから、修行になんて行かなくてもいいだろ」
少年の両親や兄弟は、今まで彼を「男のくせに気持ち悪い」と邪魔者扱いしていたくせに、商品が売れると手のひらを返した。
「バカ言うんじゃない!。 アンタたちは何年、あの子を放置してたと思ってるんだい」
お婆さんは少年に集ろうとする家族を怒鳴りつける。
本気で彼の成長を願っていたのは、お婆さんだけだったようだ。
お蔭で、出発は2日も延びたのである。
「あんなヤツら、家族じゃないよ。 放っておきな」
お婆さんは、そう言って馬車に少年を押し込むと、
「孫を頼みます」
と、僕に頭を下げた。
「ありがとー、婆ちゃーん。 ボク、きっと一人前の魔道具師になるよー」
少年は動き出す馬車の窓から、ずっと手を振っていた。
「ねえ、あなた名前は?」「歳はいくつ?」
馬車の中では少女2人が興味津々で質問攻めにしている。
女が3人寄ると姦しいというが、まあ、その通りで。
ひとりは男なのに、体の凹凸を除けば、3人の雰囲気が全く同じとは恐ろしい。
「えっと、ウィトトです。 成人したばかりの15歳です」
ふうん。
「じゃあ、ウィウィでいいな」
僕が勝手に呼び名を決めたが、まんざらでもないらしい。
「嬉しいです」
頬を赤くしている。
「可愛らしい名前ね、似合ってるわ」
お嬢さんたちの評判もいい。
僕の名付けが褒められたことなんて、今までなかったのに。
なんか複雑な気分だ。
てか、もう仲良いのか、お前たち。
3人でキャッキャッウフフッて、馬車の中がヤケに賑やかになった。
「なんだこれ?」
見てはいけないものを見てる気になる。
「アタト様のせいですからねー」
キランも若干引いていた。
「キラン、バムくんに頼んで街道を外れてくれ」
ちょっとだけ疲れを感じて、僕は移動結界を使わせてもらうことにした。
『どちらに?』
向かうのは辺境伯夫人のご実家の領地だ。
「剣術大会やったろ?。 あの跡地に」
モリヒトは頷き、様子を見に行った。
今でも領兵の訓練場になっているのかは知らないが、いきなり飛んで何かにぶつかるのは嫌だからな。
待っている間は休憩にする。
あの少年は3人で並んでいても、年下の彼女たちとあまり変わらないくらい小柄だ。
男子の服は着ているが、骨格が細いのか、どうしても女の子に見えてしまう。
パッチリとした目の可愛い顔、肩までの髪も白い肌も、雰囲気が女性的なのだ。
教会警備隊の若者たちも、最初はなんとなく微妙な態度だったが、慣れてくるとウィウィにも普通に女の子として接している。
イヤイヤイヤ、あれは異性じゃないんだが。
「男同士の友情です」
嘘つけ。
思いっ切り鼻の下が伸びてるじゃないか。
「いいんですか、あれ」
微妙な雰囲気にキランが困った顔をする。
良いも悪いもないよ。
「好きにしろ」としか。
ハア。
モリヒトが偵察から戻って来たので、2回に分けて飛ぶ。
目的地は領都の端、領兵の訓練場になっていた空き地である。
「モリヒト、先触れを頼む」
『はい。 承知いたしました』
領主である高位貴族家を訪ねるには邪魔臭い作法があってな。
辺境伯家は僕には何でも許してくれるけど、普通はあんなに甘くはない。
いくらエルフでも不敬だと罰せられるだろう。
モリヒトが先触れから戻り、騎乗した護衛4人と6人乗りの馬車で、街の中心部へと移動する。
「エルフ殿、よく参られた」
「お久しぶりです、大旦那様」
一応、儀式として玄関で挨拶を交わす。
老齢の領主は一度引退したが、事情があり、領主に戻った人である。
そして、現在は養女を取って自ら後継として育てていた。
「ようこそ、おいで下さいました。 アタト様」
「お嬢様もご機嫌麗しくー」
と顔を上げたら、その養女が何故か涙をポロポロ溢している。
あ、あれ?。
「何か、あったのですか?」
僕はオロオロしながら大旦那に訊ねる。
「とにかく、このような場所で話は出来ませんので。 皆様、中へどうぞ」
元領兵隊の副長、現在は領主家文官になっている眼鏡の脳筋が出て来た。
「ああ。 そうですね」
館に入りかけると、ゼイフル司書が警備隊の若者たちを代表して言う。
「では、我々は教会のほうで待機いたしますので」
護衛たちは、僕たちがこの街を出る日まで待機というか、休暇になる。
「あー、分かりました。 また連絡いたします」
「はい。 では」
そう言って、4人の青年たちとゼイフル司書は領主館を出て行った。
この街の教会は領主館のすぐ目の前なんだけどね。
使用人たちも一緒に広い応接用の部屋に通される。
僕はザッと同行者を紹介し、一晩泊めて欲しいとお願いする。
今回、この領地に来たのは街の様子を確認するためだ。
そんなに長居をするつもりはない。
「そう言わずに、ごゆっくり寛いでいってくださいませ」
いやいや、お嬢様。
アンタが泣いてる時点で厄介なことになってるじゃないですかー、ヤダー。
「客室としては以前、泊めた部屋が一番良いのだが」
あー、僕が事件に巻き込まれた部屋だから縁起が悪いってか。
あれは高位貴族が宿泊出来る部屋なので、豪華な風呂があったんだよな。
側近や使用人がまとめて泊まれる部屋もあったはず。
「僕は別に構いませんよ」
「そうか。 では、そちらの部屋を案内させよう」
使用人たちが出て行った。




