第六百十話・旅の土産にするもの
今日の僕とモリヒトは、深くフードを被り、膝下丈のマントを着ている。
この町に珍しい魔道具店があると聞いて散策していた。
湖の街を出てから基本的に僕の護衛はモリヒトひとり。
用事があってモリヒトが不在の時は、キランが引っ付いて来るが。
そういえば先日、モリヒトはひとりで出掛けていたな。
「どこに行ってたんだ?」
『呼び出されまして』
「もう一人の主人にか」
モリヒトは僕の眷属精霊だが、仕えている主人が他にも居る。
嘘を吐けない精霊の沈黙は肯定だったな。
これ以上、そっちの事情に首を突っ込む気はないがね。
宿で聞いた裏通りに入り、小さな看板を見つけた。
カランカランッ
扉に付けられた小さな鐘が鳴る。
「いらっしゃいまし」
掠れた声で店主らしいお婆さんが出て来た。
「すみません、旅の者です。 良い魔道具店があると噂を聞いて見に来ました」
僕はフードを外してニコリと微笑む。
あまり買う気もないので気を使わないでほしい、という気持ちを込めて。
「そうかい。 じゃあ、ごゆっくり。 念の為、買わずに持ち出そうとしたら警報がなるよ」
へえ。 そんな仕掛けがあるのか。
「分かりました。 気を付けます」
僕は薄暗い店内を見回す。
所狭しと手頃な大きさの、見慣れた日用品の魔道具が並んでいた。
気になるほうへ歩いて行く。
装飾品が並ぶ棚である。
ゴチャゴチャと雑に並んでいる他の棚と違い、こちらはきちんと間隔を空け、整然と並んでいた。
この世界の価値観とは少しズレている僕にとって、これらが高価なものかどうかの判断は出来ない。
しかし、持ち出しを警戒しているのだから安物ではなさそうだ。
モリヒトの体でお婆さんからの視線を遮る。
『気になるものがあるのですか?』
「まあね」
僕は現在、サンテの無属性魔法『鑑定』を練習している。
ちょうど良い鑑定物がたくさん並んでいた。
一画にあるガラスの飾り棚。
その棚に並ぶカフスや髪飾り、タイピン。
すべてが地味なデザインの装飾品だ。
見た目が地味でも、そもそも、魔道具が安いわけはない。
許可をもらい、色鉱石が嵌まる指輪を手に取る。
「素材はストーンゴーレム、か」
一体からたくさんの鉱石が採れるため、安価な魔法素材の一つである。
染色した鉱石は珍しい。
地味な色合いだが内包された魔力が濃い。
「どんな効果があるのですか?」
店主に訊ねる。
「ヒヒッ。 当ててごらん」
お婆さんはニタニタと笑った。
「当ててみろ」と言うのだから、勝手に喋っても文句は言わないよな。
「これは暗器というヤツだ」
モリヒトに見せる。
鉱石と指輪の台座の間に隙間があり、毒が生成され
、指輪の表面から出た針を伝う。
それを敵の体に刺すという武器らしい。
魔物であるストーンゴーレムの素材は古く、既に魔素を取り込んで魔力を作る機能は失われている。
素材に残っている魔力しか使えないため、使い捨ての魔道具だ。
実に勿体無い。
「色鉱石と、魔法陣を刻んだ魔石とを交換すればいいんだが」
そうすれば何度でも使用可能になる。
魔石は辺境地なら安いが、この辺りでは高価だ。
しかし、コレが高価に見えないということは貴族用ではなく、使用人や女性など弱者が身に付けるものだろう。
執事が日頃持ち歩く、小さく細いナイフを手に店主を振り返る。
刃の部分が二重になっていて、毒を生成する魔法陣が柄の鉱石部分に刻まれている。
「これください。 あ、このカフスもオシャレだな」
二つ、三つと手に取ると店主の元へ。
「とても気に入りました。 おいくらでしょう」
この店には値札がないので、言い値で払う。
いくらだろうと構わない。
ジョンが気に入りそうで、良い土産になる。
「作っているのはあなたですか?」
お婆さんに訊ねると首を横に振られた。
「あ、ああ、いや。 孫じゃ、が」
モリヒトが金の入った小袋をお婆さんの前に置く。
「そのお孫さんに会わせて頂くわけにはいきませんか?」
恐る恐る金を数えるお婆さん。
大金を前に断れない様子で、チラチラと後ろを伺っている。
「僕は辺境地で商売をしてるんです。 ぜひ、コレを扱わせてほしいと思って」
とにかく、この魔道具を作った者に興味があった。
「そ、そんなの、嘘に決まってる!」
店の奥から声がした。
僕がキョトンとしていると、お婆さんが声の主を引き摺り出して来た。
「何がだい!。 嘘でもこんなに金を払ってくれたんだよ、感謝しなっ」
「だって婆ちゃん!」
身なりは男の子だが、可愛らしい顔をしている。
女の子かな。
いや、鑑定結果は成人したばかりの少年だ。
「キミが作ったの?。 これ、全部」
自分より年下に見える僕が偉そうなのが気に入らないらしい。
ブスッとして何も喋らない少年に代わって、お婆さんが話し出す。
お婆さんの店の魔道具は、全て身内の工房で作っている。
「亡くなった旦那も魔道具職人でね。 今は息子と4人の孫が工房を継いでいるんじゃ」
彼は末っ子だった。
「見た目があんなだから男らしくないってイジメられてね」
何年も前から、お婆さんの店に引き篭もっている。
「どういうわけか、あんな物騒な物ばかり作るようになっちまって」
それが心配なのだろう。
お婆さんは深いため息を吐いた。
「でも魔道具はとても精巧で、魔法陣も美しいですよ」
僕が褒めると少し頬を緩めた。
「そうだねえ。 もう少しまともな修行をさせてやれたら」
修行?。
「じゃあ、辺境地に来るか?」
僕はお婆さんの後ろに隠れた少年に訊ねる。
「その気があるなら、ドワーフの工房を紹介出来るよ」
入れるかどうかは相性もあるので、面会してからになるが。
「ど、どわーふ?」
驚きと興味が混ざった声が上ずる。
「僕たちは辺境伯御用達の宿にいるから、決まったらおいでよ」
「い、いや、でも」
面倒臭い。 自分では決められない性格か。
「これ以上のものを作るには、もっと修行が必要だと思うけど?」
僕は店にある彼の作品を全部購入し、ドンッと金の入った袋を置く。
「これだけあればキミの将来を買える?」
僕は彼に賭けてみたい。
「ヒ、ヒエッ
お婆さんが卒倒した。




