第六十話・王子の想いを聞く
重い話を聞いてしまったな。
ティモシーさんが部屋を出て行った後、僕は眠った振りをして考える。
「こんな話を子供に聞かせてすまない」とティモシーさんは謝ったが、それはどうでもよい。
本当の子供ならティモシーさんも話さなかっただろうし。
「アタトくんなら話しても良いと思った」
と言うから、何となく中身が見かけほど子供でないことは分かっていたようだ。
「モリヒト」
『はい』
僕は起き上がり、着替えた。
王子は領主館に泊まっている。
明日の出発のための準備に追われている者と、早めに休んでいる者に分かれているようだ。
領主館はこの辺りでは珍しい三階建て。
僕たちは結界を発動し、姿を消す。
慌ただしく動く人々に紛れ、開いていた入り口から入る。
『こちらのようですね』
魔力から気配を特定し、位置を割り出すのはモリヒトのほうが早い。
僕は頷いて後をついて行く。
三階の奥、日当たりの良さそうな角部屋。
扉の前に兵士が立っているので丸分かりである。
「おーい」とどこからか声がして、見張りがそちらを気にして様子を見に行っている間に、僕たちはこっそり扉を開けて中に入った。
「こんばんは」
王子は部屋の窓を全開にして、腰掛けていた。
ニカッと笑う美青年。
国王の側妃になるくらいだから母親は別嬪さんなんだろう。
「来るような気がしたよ」
野生的というのか、思ったより勘が鋭いところは国王寄りなのかも知れない。
あんまり男のことなど考えたくはないが。
「そうですか」
モリヒトは入り口に立ち、部屋全体に結界を張る。
「やはり魔物か、恐ろしいな」
お好きなように。
「で、何の用だ?」
僕は王子の傍に近寄り、首を傾げる。
「何か言いたいことがあるのは、殿下の方ではないでしょうか」
わざわざティモシーさんを追って、こんな辺境地まで来たのだから。
「僕はティモシーさんではないですが、お話くらいなら聞きますよ?」
王子はフフッと笑う。
「貴様も我を男色家だと笑いに来たのか」
僕は少し驚いていた。
「いいえ、そんなことは考えたこともありませんが。 実はそうなのですか?」
そうか、そういうことも考えられる。
だけど男が男を好きでも何の問題もないと思うが、子孫を残さねばならない王族にとっては問題ありなのかもな。
「いや。 そんな事実はないんだが」
顔を少し赤くしているのは、冗談のつもりだったのか。 あはは。
それは置いといて。
「男色ではないのなら、何故こんな辺境までティモシーさんを追っていらしたのですか?」
「ふふっ、お前はそれが聞きたくて来たのか」
「殿下が話したいのだと思ったのですが、違いましたか?」
喫茶店で、わざわざ僕にしか聞こえないように言った言葉。
「ティモシーさんを返せっていうのは、返さなければ何かあるということでしょう?」
うむ、と王子は頷いた。
「ティモシーではなく、あれの姉の話だがな」
えっ。
「まだお姉さんに未練が?」
「ぶっ」
テーブルに移動し、自分で水差しから入れた水を飲もうとしていた王子が吹いた。
「そんな訳なかろう!」
知らんがな。
「王宮には諜報を専門にしている者が出入りしている」
はあ、そうでしょうね。
「王国の軍隊と教会の警備隊の仲が悪いのは知っているか?」
「ええ」
王族の機嫌を取り、国民の税や能力を吸い取ろうとする腹黒い貴族や官僚を守り、抵抗する平民を暴力で排除しようとする国軍兵。
国民のほぼ全てが信者である教会は善良な貴族や平民を守る組織であり、神職者や信者を行動で守るのが教会警備隊だ。
「それは一理あるが、全て正しいわけではない」
「どういうことでしょうか?。 僕はこの国のことにあまり興味がなくて」
「ああ、魔物ならそうだろうな」
モリヒトが僕のためにミルクがたっぷり入ったコーヒーを淹れてくれた。
ゴクリと王子の喉が鳴ったので、仕方なく一つ追加するように頼んだ。
王子は「すまんな」と嬉しそうに口に運ぶ。
で、それと諜報とどういう関係があるというのか。
「お前は『異世界の記憶を持つ者』について知っているか」
僕はドキッとした。
「はい。 利用してはならない、黙って支援しろってヤツですね」
王子は頷き、そして僕が知らない事情を話し始めた。
「先日、ティモシーの姉君が住む街の高位神官が一人身罷れたのだが」
その方は姉君の後見人で大変可愛がっておられ、才能持ちの彼女を他の勢力から完璧に守っていたそうだ。
「彼女には秘密があった」
高位神官が守っていたのは「ティモシーも知らない秘密」だという。
「出来るならばティモシーにも知らせぬまま、何とかしたかったのだが」
「秘密が漏れたのですか?」
難しい顔の王子に訊ねる。
「いや。 まだ諜報部内の話で、報告はされていない」
だが、時間の問題だろうと言う。
「ティモシーの姉君は教会で拾われた孤児だった。 弟であるティモシーや両親とも血は繋がっていない」
その事実を、亡くなられた高位神官は関係者に固く口止めしていたそうだ。
僕は首を傾げる。
「孤児なんて、どこにでもある話でしょう?。
その子のために養子であることを隠して、本当の我が子として育てるのも良くあることだと思いますが」
「確かにな」と王子も頷く。
「だがな。 それが独占してはならない『異世界の記憶を持つ者』だとしたら?」
僕は咄嗟に言葉が出なかった。
ティモシーさんのお姉さんが『異世界人』だと?。
「教会が意図して隠蔽していたとしたら、国としては問題にするだろう」
腹黒貴族たちと教会は仲が悪い。
教会は清廉潔白を謳い、非道な行いをする貴族や高官たちを糾弾して来た。
その教会が、国が定めている『決まり事』に違反していたらどうなるか。
「教会の権威というか、信用が落ちますね」
「そういうことだ」
「それをティモシーさんは知っているのでしょうか?」
僕の声が心なしか震えている気がする。
「姉君が養女だということさえ知らぬはずだ」
それほど教会にとってその神官は大きな力を持っていたのだという。
すべてはその神官が亡くなってから動き出したのである。




