第六話・精霊の魔法を知る
『では、わたくしが防御魔法を使いますから、それを良く見ていてください』
モリヒトの周囲にホワンと黄色い靄が現れる。
『どこかにぶつかっても痛くないように体中に幕を張ることを意識します』
本当は一瞬で終わるらしいが、僕によく見えるようにゆっくりと発動しているみたいだ。
靄がモリヒトの身体に纏わりつき、そのまま定着した。
『これが鎧の代わりになる防御魔法です』
よし、僕もやってみるぞ。
目を閉じて集中。
「こ、こうか?」
じわりと身体からにじみ出る魔力と汗。
しかし、思うようにはいかない。
何度やっても身体から放出した魔力は霧散してしまう。
ま、当たり前だ。 魔法なんて、そんなに簡単に身につく訳がない。
「くそっ」
ストレスだけが溜まっていく。
『仕方ありませんね』
ため息を吐いたモリヒトがしゃがみ込んで、七歳の子供の僕に目線を合わせた。
『アタト様は眷属持ちのエルフなのですから、まずは普通の魔法より眷属の精霊魔法をお使いになれば良いと思いますよ』
「は?」
僕はモリヒトの言葉に首を傾げる。
『ご自身で魔法を使うには練習が必要ですが、眷属に魔法を使わせるなら一瞬です』
モリヒトがまた難しいことを言い出した。
「モリヒト。 僕はその、魔法と精霊魔法の違いが分からん」
モリヒトが魔法を使うのを見て僕は自分も魔法が使えるようになりたいと願った。
「精霊であるモリヒトが使う魔法なら、精霊魔法かな。 それはエルフには使えないということか?」
エルフの大人たちも村では普通に生活用に魔法は使ってたと思うが。
『いいえ』
モリヒトは金色の長い髪を静かに振って否定する。
『わたくしとアタト様では立場が違うということです』
「ん?、立場が違うと使う魔法が違うのか」
『はい。 エルフや精霊自身が使う魔法と、エルフの眷属である精霊が使う精霊魔法は違うものなのです』
ほお、そんなものなのか?。 よく分からんが。
そういえば、エルフの村の長老は精霊魔法士だった。
それを見て育った僕は、それを普通の魔法だと思い込んでいたんだが違うらしい。
「精霊魔法の精霊っていうのは眷属精霊のことなのか?」
『左様でございます。
他所では何と呼ぶのかは分かりませんが、我々は人間や精霊が自分の勝手で行使する魔法はただの魔法、眷属である精霊が主の命令で行使する魔法を精霊魔法と呼びます』
何か回りくどい言い方だな。
「あー、つまり?」
『今までの魔法は、アタト様の願いをわたくしが勝手に実現したという形ですので普通の魔法です』
それは今まで僕が眷属が使う魔法自体を知らなかったせいだろう。
『アタト様がわたくしに魔法を使うよう命令すれば、それが精霊魔法になります』
僕は顔を顰める。 訳が分からん。
『人間や精霊が単独で行使する魔法と、主と精霊との契約において行使される魔法。
どちらがより強力だと思いますか?』
「……そういうことか」
少し分かった気がした。
村のエルフたちと僕の違い。
それはこの眷属精霊だ。
僕が鈍臭いのは今はほっといてくれ。
『眷属の精霊魔法は、精霊自身と契約者の両方の魔力が乗るのですよ』
ニヤリと歪めたモリヒトの顔が何かヤバい。
「あー、契約者が精霊王であるモリヒトの精霊魔法がとんでもなく強力だってことだろ」
モリヒトは少し驚いてから物凄く嬉しそうに微笑む。
それくらいなら分かる。
こいつは契約者が一人だけとは言ってないし、精霊王とやらの命令で僕のところに来たと言っていたからな。
『お褒めいただき、ありがとうございます』
はいはい、良かったね。
モリヒトが機嫌良く歩き始める。
その後ろを歩きながら、僕は海岸を見ていた。
今日は晴れてるし見通しが良い。
「あっちなら下に降りられそうだ」
海岸が一部崩れて岩が波打ち際に転げ落ちている。
『わたくしが先に見て参ります』
フワリと浮き上がったモリヒトが飛んで行った。
僕が崩れた崖に到着して下を見ていたら、モリヒトが戻って来る。
『では精霊魔法を使ってみましょう。 命令してください、アタト様』
「う、うん。 モリヒト、下に連れて行け」
これで良いのかな。
『はい』
モリヒトが僕の手を取り浮き上がると、僕まで足が地面から離れた。
「うわっ、たたた」
ヒョイッと崖を飛び降りる。
あっという間だ、すごいな。
『エルフは元々、脆弱な種族なのです』
そのため神の慈悲とやらで身体能力は素早さに特化し、遠距離攻撃を得意としている。
「それが、エルフが精霊魔法に適している理由か」
エルフにとっては自分を守ってくれる眷属、精霊にとっては自分の魔力に美しいエルフの魔力が上乗せされる魅力。
お互いに持ちつ持たれつということか。
だが、僕には疑問が残る。
「その理屈だとエルフは全て精霊魔法士ということにならないか?」
産まれてすぐに精霊が契約してくれる。
子供の頃は姿は見えないとはいっても眷属はいるのだから、生まれつき精霊魔法士だろう。
しかし、村には高名な精霊魔法士は長老ひとり。
村のエルフたちは弟子になりたがったし、他所からも多くの希望者が来ていたくらいなのだ。
何が違うというのか。
『アタト様は長老の眷属を見たことは?』
僕は「ある」と頷く。
「幼い子供の姿をした小さな妖精?、虫のような羽があったな」
『ええ。 光の玉ではなかったでしょう?。
ただ勝手に動く光の玉ではなく、姿を変え、言葉で話し合い、自らの意思で主を守る。
それが本来の眷属精霊なのです』
昔はそんな精霊がたくさんいたそうだが、現在はほとんど見かけなくなった。
だから長老のところに大勢が押し掛けて来て、その秘密を探ろうとしているということらしい。
何となく納得した。
崖の下には落ちた岩と破片が散らばっていた。
二人で磯の潮溜まりを覗き込んで魚を探す。
しかし、何でここだけ崩れているのやら。
そう思いながら、僕が下から崖を見上げた時だった。
「何の音だ?」
ドドドドド……
地響きのような音と振動。
キュオーーーーーー
猫とも犬とも言えない声と共に、それは僕の目の前に降って来た。




