第五百九十六話・親子の対面と帰宅
僕も一緒に移動すると言っても、彼らを引き渡したら王都に戻る。
まだやらなきゃならんことがあるからな。
「では、皆さん、よろしいですか?」
「はい」「大丈夫です」
少し緊張気味の使用人さんたちをモリヒトの移動結界に入れる。
「目は閉じていたほうがいいです。 足元が浮く感じがしますが、一瞬ですから気を楽にしてください」
注意事項を説明し、改めて見送りの辺境伯夫妻に礼を取る。
「送り届けてまいります」
「お願いいたします」
モリヒトの魔力が動く。
気が付くと辺境伯領地にある本邸の庭である。
「お疲れ様でございます」
本邸の家令が出迎える。
ティファニー嬢とタカシ、そして身の回りの世話係のおばさんを含めて、王女の頃からの使用人が2人ついて来ていた。
そのティファニー嬢の一行と、辺境伯から預かった使用人たちとは、ここで別れる。
「後日、またお迎えにまいります」
ティファニー嬢に一時の別れの挨拶をする。
僕たちが王都から馬車で戻って来たら、一緒に辺境の町に移動することになるのだ。
「その時はティモシーさんも一緒です」
と、言うとティファニー嬢の顔が少し赤くなった気がした。
「はい。 お待ちしております」
それまでにエテオールの空気に慣れてもらいたい。
「うん」と、タカシは頷いた。
僕たちは、そこから辺境の町へと移動して行く。
「ありがとうございました」
お礼を言う使用人さんたちに手を振って、モリヒトの移動結界がまた動き出す。
次に到着したのは、辺境の町郊外の魔獣の森。
アタト商会の玄関前である。
「あー、懐かしいなあ」
一冬不在にした我が家だ。
サンテが先頭になって扉を開ける。
広い玄関ホール、奥からハナとスーが出て来た。
他の者はほぼ仕事に出掛けている時間である。
「お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
サンテが執事らしい礼を取る。
そしてハナは、兄の後ろに立つ男性を見上げた。
「ハーナかい?」
自分たちと同じ金髪に薄い青の目。
「お父さん?」
「そうだよ、ハーナ。 なんて可愛らしくなったんだ」
抱き締めようと近寄って来た笑顔の父親に、ハナは盛大なビンタをかます。
「お父さんのバカ!」
そう言うと、僕の後ろに隠れる。
「ハーナ。 私は事情があって会いたくても会えなかったんだ。 許しておくれ」
ウスラート氏は娘の前で、土下座ばりに床に平伏する。
スーが呆気に取られていた。
「アタト様、どうしたらいいと思います?」
ハナは割と冷静に訊いてくる。
「そうだな。 一度気が済むまでボコボコにすればいいんじゃない?」
怪我の回復は任せろ。
「サンテ、お前もだ」
「はい!、じゃあ、遠慮なく」
「ヒッ」
僕はしばらくの間、子供にボコられる父親を眺めていた。
無抵抗なのは偉い。
「何してるんです?」
騒ぎを聞き付け、手伝いに来ていたジョンが顔を見せた。
キランとサンテがいない間、いつも執事の代理をしてくれる。
「いつもありがとう。 助かるよ」
「いいんだ。 友達だからな」
そう言って笑う元暗殺者。
「ワルワさんたちは皆、元気?」
「うん。 たまにヨシローが文官から逃げて来るけど」
ヨシローは、領主後継のケイトリン嬢の伴侶となるための教育中なのだが、なかなか大変らしいな。
「あ、アタト!。 帰って来たんだ」
漁師の家の子、トスがやって来た。
よく手伝いに来てくれるというか、遊びに来ている。
「師匠!」と叫んでガビーに抱き付いた。
ガビーもヨシヨシとトスの頭を撫でる。
「まだ途中なんだ。 すぐ王都に戻るんだけど、アレを見せに来たんだよ」
サンテとハナが男性を蹴っている。
「お、おう」
トスは、普段おとなしいハナの乱暴な姿に遠い目をした。
「アレはサンテたちの父親?」
さすが、ジョンは気付くか。
僕は黙って頷く。
気が済んだようで、サンテとハナが僕の前に来た。
「もういいの?」
「はい」「ありがとうございました」
双子は感謝の礼を取る。
僕はモリヒトにウスラート氏の回復を頼む。
「彼はズラシアスで死んだことになっている」
僕がそう言うと、トスが首を傾げた。
「アタト商会で預かるの?」
「いや。 彼は農業がしたいらしくてね。 荒れ地の向こうに新しく農地を作る予定なんだ」
「内緒だよ」と、僕は片目をつぶって見せる。
「そこへ連れて行くの?」
「そうだよ」と頷く。
そしてズラシアスから何人か『異世界関係者』がやって来ることを話す。
「領主様と相談しなきゃならないんだけど、基本的には農地にいるし、町に来るのは休日だけの予定なんだ」
ジョンに領主の都合を聞いて来てほしいと頼む。
「うん、分かった。 馬を借りる」
そう言うと姿が消えた。
領主からの返事を待つ間、僕は久しぶりに地下の自室に戻ることにする。
モリヒトが先にサッと埃を追い出し、全体に軽く清潔の魔法を放つ。
サンテとハナには、親子水入らずで話をするように言って置いてきた。
「ふあー、ただいまー」
僕は部屋に入って、まず背伸びをする。
ガビーとトスがついて来た。
僕の部屋には畳になっている部分があり、コタツが置いてある。
「わーい」とガビーが突っ込み、トスがそれに続く。
「あーん、冷たーい」
当たり前だ。 ずっと不在だったから燃料の魔力が入っていない。
ガビーとトスで魔力を補充し始めた。
僕は仕事用の机に向かう。
モリヒトが苦いコーヒーを淹れてくれた。
ついでに溜まった書類の箱も机の横に置かれる。
「緊急の案件はあるか?」
嫌だけど、一応、訊いてみる。
『そうですねー』
多くはアタト商会と取引したいという内容だという。
まあ碌なものはないらしく、却下でいいそうだ。
他は、仲間に引き入れたい貴族。
『借金の申し込みでしょうね』
アタト商会の噂を聞き、後ろ盾になってやるから金貸してって。
冗談じゃない。
コーヒーの香りに癒されていると、ジョンが戻って来た。
「すぐに会うってさ」
「ありがとう」
僕は腰を上げる。
「こら、お前たちも部屋から出ろ。 ガビーは工房に戻れ」
「うえー、せっかくあったまったのにー」
知らん。 とっとと出てけ。
僕は再び自室を封鎖し、領主館に向かった。




