第五百九十五話・移動の荷物と人員
賑やかな宴は大人たちに任せて、僕はそろそろお暇したい。
「それでは準備が出来次第、また庭に荷物を出させて頂きます」
「はい。 分かりました。 モリヒト、問題ないか?」
辺境伯からの申し出に頷き、モリヒトに確認する。
『勿論です、承知いたしました』
モリヒトもノリノリだ。
僕もだけど、早く帰りたいんだろうな。
「よろしければ、先に領地に帰りたい人員も送りいたしますよ」
実は、荷物ついでに、ティファニー嬢とその使用人一行も一緒に辺境地に送りたいのだ。
しばらくは辺境伯領地の本館でお世話になりたい。
「お願いしてもよろしいですか?」
また辺境伯には申し訳ないが、都会暮らしの王女様をいきなり何もない僻地に連れて行くのはちょっと、な。
辺境伯領の領都なら、そこそこの規模の街だし。
「なるほど、承知いたしました。 我々は外部に見せるために馬車で帰らねばなりませんが、ティファニー様は所在がハッキリしない方がよろしいでしょうな」
貴族はどこにいるかを明確にする必要があるため、家紋付の馬車で移動するのだ。
さすが辺境伯はティファニー嬢の立場を分かっていらっしゃる。
いくら王籍停止中でも要人には変わりはなく、暗殺や誘拐には気を付けねばならない。
そのため、居場所は知られないほうが良いだろう、と配慮してくれた。
「助かります」
辺境伯家の荷物については日程が決まったら教えてもらうことになり、僕は先に別棟に戻った。
僕は教会にいる『異世界関係者』も引き取って、辺境地に送る予定だ。
彼らについては希望を確認してから、決まり次第、モリヒトに送らせるつもりである。
僕たちの帰路はどうしてもあちこちに寄りながらになるので、一緒にというわけにはいかない。
翌日、早速荷物の配送が始まる。
相変わらず辺境伯は決断が早いな。
辺境伯邸の庭の地面に、まず目印の円が描かれた。
「ここに荷物を置いてください」
指示しているのはキランである。
早朝から細々(こまごま)と動いていた。
「サンテ、すまんがこれを教会に届けてくれ」
「はい。 ヤマ神官ですか?」
「いや、ズラシアスから来た人たちだ。 僕たちと辺境に行くか、王都に残りたいかを確認したい」
僕が2日後に教会に行くので、それまでに結果をまとめておいてくれ、と書いてある。
「分かりました」
辺境伯家から護衛を付けてもらい、馬車で出掛けることになった。
「お帰りなさい、アタト様、サンテ」
「バムさん!」
辺境の町からついて来た青年は、しっかり領兵になっていた。
「バムさん、お久しぶり。 サンテの護衛をお願いしますね」
「お任せを。 行こうか、サンテ」
「はい。 行って来ます!」
モリヒトとキランは順調に荷物を捌いている。
「この国は移動魔法陣は使われていないのですか?」
サンテの父、ウスラート氏が訊ねる。
部屋の窓から2人で庭の様子を見ていた。
「そうですね。 ズラシアスほど国土が広いわけでもありませんから」
それに移動魔法陣は、かなり高度な魔法なので魔力消費がバカにならない。
エテオールで大量に設置したら、すぐに魔石が枯渇する。
「少しぐらい不便なほうが幸せなこともありますよ」
そう言って、僕はウスラート氏を見上げる。
「アタト様は本当に9歳ですか?。 時々、大人かと疑います」
あはは、大人どころか爺さんだよ。
「さて、ウスラートさん。 あなたも準備してくださいね」
「あ、はい」
辺境伯家の使用人のうち、夫妻の帰還の旅に同行が必要ではなく、領地に用がある者たちを先に送る。
それに紛れて、ウスラート氏を国境の外にある、モリヒトの実験場に連れて行くつもりだ。
「しばらくは農地にひとりですから、寂しいでしょうが」
「あはは。 まあ、ズラシアスでの待遇に比べれば、どこでも楽園ですよ」
冤罪で、数年も宮殿の地下牢にいた人である。
よく生きてたな。
まあ、生きていないといけない理由があって良かったというべきか。
昼食の時間に一旦休憩となり、午後からの作業に備える。
「アタト様!」
声を掛けて来たのはガビーだ。
「お帰りなさーい!」
抱き付くな!、嬉しいのは分かるけど。
「会えてうれしいよ、ガビー。 ほら、泣くな」
ハンカチを渡す。
「だってー。 グスン」
ガビーは僕がいない間は王都の工房街にいた。
職人兄妹が経営する工房をアタト商会の協力店にした時、ガビーの工房も作ったのである。
ガビー工房から独立したベッキーさんというドワーフの女性と共有にした。
「辺境の町に帰る準備をしておけ」
「もう準備は出来てます!」
昨日、モリヒトが工房を訪れ、帰国を知ったガビーは、今朝、工房から自分の荷物は引き上げて来たそうだ。
「僕がいない間、何を作ってたんだ?」
「はい、普通に」
教会や職人兄妹に頼まれたものを中心に作業していたそうだ。
「僕に関するものは作ってないよな?」
御遣い関係は後ろ姿、銅板栞のみには指定したはずだが。
「えへへ」
おい、なんだ、その顔は。
「あ、そうだ。 アタト様、子供を探してたでしょ」
サンテたちのことか。
リザーリス大使がお茶会で、兄の子供たちを探していると明かした。
「結構大ごとになってましたけど」
工房街にも何度か探しに来た者たちがいたそうだ。
「いつの間にか、来なくなりましたよ?」
「ああ。 それなら見つかったよ」
父親である兄が生存していたと大使に知らせ、飛んで来てもらったのだ。
その時に「探していた者はズラシアスで見つかった」と公表したらしい。
これにて一件落着である。
「いいんですか?」
サンテたちの事情を知っているガビーが不満気に僕を見る。
「いいんだよ」
世の中には理不尽なものなんて山ほどあるんだ。
気にしたら負けだぞ。
荷物は1日目で終わり、次は人員になる。
翌日は僕も一緒に移動することにした。
辺境伯領地への移動を希望した使用人と、ガビーとサンテと父親ウスラート氏である。
ガビーは僕と一緒にいたいと駄々をこねたが、辺境地の工房の方が気になるので、先に帰れと命令した。
「えー、アタト様の傍がいいのにー」
泣くな!。




