第五百九十三話・少年の苦悩と希望
「ズラシアス国には魔獣はいないの?」
虹蛇の姿になったセスシャノを見て驚くティファニー嬢とタカシに、巫女ソフィが訊ねる。
「いや、いるにはいるけど。 俺は魔獣狩りには参加しなかったから」
ほとんど魔獣がいないエテオールの王都と同じで、タカシはズラシアスの中心都市から出たことがない。
ティファニー嬢も王女時代は危険な場所は避けていたはずだし。
「これから辺境地に行けば、たくさん見ることになる。 慣れることだね」
ティモシーさんが手を貸してタカシを立ち上がらせた。
「それで、今日は帰国報告だけではないのだろう?」
ヤマ神官が僕たちを見ながら言う。
「ええ。 実はこの少年なんですが、『異世界人』なんです」
だから意思の確認をしてもらいたい。
「なるほど。 分かった」
ヤマ神官は準備のために退席する。
僕は周りを見回して、ティモシーさんに訊ねた。
「イブさんたちは?」
ゼイフル司書は、本部の見習いや施設の子供たちの教育で忙しいと聞いていた。
『アダムは奥にいますね』
モリヒトはアダムの魔力を感じ取り、建物内に居ると教えてくれた。
「うん。 イブさんは書道の指導をしている。 アダムはその護衛だ」
いつも通り、とティモシーさんが教えてくれる。
ああ、子供たちの教室にいるようだな。
ヤマ神官が魔道具を持って戻って来る。
箱から出したコイン型魔道具を手のひらに乗せ、
「タカシだったね。 ここに手を乗せて、私の手を握っておくれ」
「うん」
タカシは恐る恐るヤマ神官の手に自分の手を重ねて、軽く握る。
重ねた手のひらから、ピカッと光が漏れた。
ヤマ神官は優しくタカシに話し掛ける。
「間違いなく『異世界人』だね。 大丈夫、そんなに怖がることはないよ」
そして周りに聞かせるように、僕に話す。
「アタト様、彼は何かを恐れていますね」
魔道具から読み取れた彼の本心。
「ああ。 彼はズラシアスでは罪人とされてしまったんです」
『異世界人』認定の時、自分は神の声を聞いたと言ったせいで誤解を生む。
その誤解が解けると、今度はそれまで嘘を吐いていたとして罪に問われたのである。
ヤマ神官は顔を歪めた。
「それはかわいそうなことをした。 教会関係者としてお詫び申し上げる」
「あ、いえ。 その、あの」
みるみるうちに彼の目から涙が溢れた。
「う、ううっ」
幼い頃に突然、この世界に来た。
それから、ずっと訳の分からないことを言われ、流されて来たのだろう。
大人たちに振り回され、勝手に罪人にされ。
「辛かったな」
ヤマ神官はヨシヨシとタカシの手を撫で、肩を抱いた。
「王宮には、こちらから認定の知らせを送っておきます」
ヤマ神官はそう言って、見習いたちに指示を出した。
タカシについては、一旦、辺境に連れて行くことになっている。
「ヨシローに会わせると」
僕はヤマ神官に頷く。
「はい。 その後、どうするかは彼が自分で決めるでしょう」
「そうですね。 タカシ、また遊びにいらっしゃい」
「はい!、ありがとうございます」
その光景をティファニー嬢も優しい目で見つめていた。
エルフの姿になったセスシャノが、僕たちの傍に戻って来た。
『向こうでは精霊や仲間のエルフたちには会わなかったのか?』
「全く会っていませんよ」
迷宮の件はなるべく話したくない。
ましてや、出会った相手は『神』らしいからな。
ティファニー嬢やタカシにも迷宮のことは口止めしている。
いつかはバレるとしても、王都を離れてからにしてほしい。
絶対邪魔臭いことになるから!。
さて、教会に来た用事は済んだかな。
「王宮への報告も終わったとなれば、後は辺境地への帰還ですか?」
ヤマ神官の言葉に頷く。
「はい。 明日には出発の予定です」
ヤマ神官には悪いが、ズラシアスで作った迷宮用御守りはエテオールでは売れない。
というか、迷宮でしか使えないしな。
巫女ソフィとセスシャノに別れを告げ、僕たちは中庭を出る。
「アタト様、お帰りなさい!」
授業が終わったらしいイブさんが駆け寄って来た。
アダムもついて来る。
「イブさん、アダム。 留守の間、色々とありがとうございました」
礼を取るとイブさんは慌て出す。
「い、いえいえ、私なんて何にも出来なくて」
『いや、イブはがんばっていた。 それは評価してやってくれ』
フフ、アダムは本当にイブが好きだな。
「そうか。 アダムが言うなら間違いないだろう。 ありがとう、イブさん」
改めて感謝の礼を取る。
「ヒッ」
あ?、なんか変な声したけど大丈夫なんか、コレ。
それから簡単にティファニー嬢とタカシを紹介した。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、仲良くしてくださると嬉しいですわ」
イブさんとティファニー嬢は、お互いに優雅に礼を取る。
タカシはアダムを見てボーッとしていた。
「またエルフが増えた……」
『フフフ、小僧。 私はエルフではなく、アタトの眷属精霊だ。 虹蛇とは違う魔獣を見せてやろうか?』
調子に乗って黒馬の魔獣に変化しようとするのを必死に止めた。
僕たちは教会の、たくさんの参拝者が行き交う廊下にいる。
「馬鹿っ、こんなとこでやるな」
いい加減にしろ。
『じゃ、また今度な』
ほんとに精霊は気まぐれで困る。
「は、はいー」
タカシは残念そうな顔をしていた。
「今日はもう辺境伯邸に戻りますが、イブさんはどうされますか?」
「勿論、すぐに戻りますが。 まだ後片付けがありますので、先に行ってください」
「了解です。 ではまた後で」
イブさんたちと別れ、馬車で辺境伯王都邸へ戻った。
ティファニー嬢とタカシは本館、僕は別棟である。
「お土産は渡し終わったか?」
『はい。 概ね終了いたしました。 残りは辺境地に戻ってからですが。 工房の兄妹の方はどういたしますか?』
あー。 アタト商会の系列店な。
特に問題がなければ、寄らなくていいか。
『分かりました。 様子だけ確認してまいります』
よろしくお願いしまーす。
その日の夜は辺境伯王都邸本館にて盛大な夕食会が催された。
ちゃっかりエンディも顔を出し、
「公爵家に正式に婚姻の申し込みをしておいた」
と、言った。




