第五百九十一話・報酬の交渉と亡命者
パーメラシア王女をエテオール国の大使として、ズラシアス国に駐在させる。
良い案だと思う。
母子が国を隔てて離れずに済む。
父親は、まあ、それはそれで我慢しろ。
「側妃様にズラシアスから護衛がついてきたはずなので、その方に頼めば常駐大使の館や人員の手配はしてくれるでしょう」
ゴリグレン様が喜んで動くだろうし、上手くいけば費用は全て向こう持ちだ。
ご隠居と僕は、悪い笑顔で頷く。
「アタト殿のお蔭だな」
国王が苦笑している。
側妃の帰国には承諾していたが、実子であるパーメラシア王女については国王も悩んでいたのだろう。
「私もこんなことになるとは思ってもみませんでしたが、お互いに良い結果に落ち着けばいいですね」
僕も力になれたなら嬉しい。
ティファニー嬢も少しホッとした様子だ。
「またアタト殿に貸しが出来てしまうなあ」
ご隠居は笑う。
「何か報酬に関する希望はあるかね?」
え、なんかくれるのか。
「商売に関することでもよろしいですか?」
国王もご隠居も頷く。
「内容を聞いてからになるがの」
あー、そうだよね。
でもまあ、大したことないと思うけど。
「いずれ、うちの商会の支店みたいなものをズラシアスに出したいと思っていますが。 完成までの間、大使館内に窓口を設けてもよろしいでしょうか」
僕は、今までの食料品の輸入先の商会とは別に、自分の商会で魔石や魔道具の取り引きも始めることになる。
主に迷宮用だが、こちらはエテオールとは関係がない。
僕とズラシアスの国や商会との直接取引だ。
「分かった。 その時はまた連絡しよう」
「ありがとうございます」
僕は感謝の礼を取る。
「そういえば。 ズラシアスとの国境にある空白地帯、魔力の無い土地の使用に関しても何かあったな」
国王は親書を見直す。
「はい。 そちらはモリヒトが利用したいということで。 ズラシアス国王から許可を頂き、周辺国へも通達してもらえました」
エテオールからも特に問題はないと聞いている。
「その土地では、ズラシアスからの移民を受け入れて農地経営をする予定です」
サンテの父親で農業馬鹿のウスラート氏。
彼にはモリヒトの実験場に住んでもらうつもりだ。
そして、モリヒトがウスラート氏と相談して土地の入れ替えを行い、新たな農地にする。
先日、側妃と一緒にエテオールに入った『異世界関係者』は、現在、教会本部の施設が預かっているそうなので、希望者には農地に入ってもらえばいい。
今は異国に慣れることが優先で、その後になるが。
僕はポンッと膝を叩く。
「そうだ。 大事なことを忘れていました」
「うお、な、なんだ?」
ご隠居様。 そんな大袈裟に驚かないでくださいよ。
「亡命者の取り扱いは、貴族管理部の担当でしょうか?」
「そうじゃな」
管理部の影の統括らしいご隠居が頷く。
僕は、名前は出さずにサンテ親子の話をする。
ほんの数年前の話なので、親子の話はご隠居も知っていた。
ただ、そんなことになっているとは知らなかったようで。
「正式に亡命してきたはずの貴族の妻子です。 罪人とされた夫は仕方ないとしても、本人たちには何の落ち度もないと思うのですが」
夫が解放されるのを静かに待つつもりだった。
何故、追い回され、身を隠すことになってしまったのか。
「情報漏れか」
貴族家ならよくある相続問題。
しかし、保護された亡命先にまで押し掛けられたら、子供を奪われると恐怖を感じても仕方ないだろう。
「今、ズラシアスから来ているリザーリス大使も関係者です。 詳しいことは、あの方に聞いてください」
サンテ親子は辺境地に住むことになるので、王都にいる妹に訊いてくれ。
「分かった」
ご隠居は頷いた。
今回、エテオールに来た『異世界関係者』は亡命を希望している。
ハッキリと、家族に捨てられたと恨んでいる者もいて、国に戻る気はない。
「彼らは、つい先日まで暴徒に狙われ、家族とも疎遠になっているんです」
姿を眩ませた『異世界関係者』を探し出し、集ろうとする不届者がいるかも知れない。
「前回の貴族親子は貧民の多い地区での生活を余儀なくされ、母親は病で亡くなっています」
また同じことが起こらないとは限らない。
「むう」
ご隠居は腕組みをして唸る。
「亡命に関する制度を早急に考える必要があるな」
国王も真剣に検討すると約束してくれた。
「お願いします」と僕は頭を下げる。
さて、そろそろ帰りたい。
「ティファニー様、何かご要望はありませんか?」
頼むなら今のうちだ。
「い、いえ、わたくしは何も。 すべてが初めてのことばかりですし」
少し頬を染め、初々しい様子にご隠居と国王も顔がだらしなくなる。
ウオッホン、と咳払いしてみた。
「そうだな。 何か困ったことがあれば連絡を」
「まあ、アタト殿がついていれば問題なさそうですな」
国王とご隠居は頷き合う。
「じゃあ、そろそろ、出て来てもいいんじゃないですか?」
最後に、僕は隠れている者に声を掛ける。
「なんだよ。 私は呼び出されて、次の順番を待っていただけなのに」
何もない壁に扉が現れ、エンディが部屋に入って来る。
「最初からずっと聞いてたじゃないですかー」
「あー、まー、早く着き過ぎたんだ。 仕方ないだろ」
僕たちはポンポンと軽口を言い合う。
「仲がよろしいのですね」
ティファニー嬢が微笑む。
「わたくしもいつか、そんな風に気軽にお喋りする友人を得られるとよいのですが」
王族という立場では本当の意味で分かり合える友人というのは難しい。
「その気持ちは分かる」と、エンディはウンウンと頷いた。
「しかし、エンディ様は今、伴侶探しが大変なんでしょ?」
「まーね」
「早く決めればいいのに」
「子供には分からんさ」
ポンポンと言い合っていたが、僕は意を決して言葉を止める。
「エンディ。 こんなところで言うのは卑怯かもしれません」
「うん?」
「僕は、あなたのことで一つだけ気に入らないことがあります」
僕たちの会話を楽しそうに聞いていた周りも黙る。
「なんだ?」
「いつまでクロレンシア嬢を待たせる気ですか?」




