第五十九話・騎士の過去は重く
『決めるのは我が主人でございます』
モリヒトが冷たい視線で店主の息子を見る。
これは、モリヒトのほうが大人に見えるから、そっちと交渉しようとしたんだろうな。
「アタト様、紹介が遅れまして申し訳ございません!。
これはわたくしめの長子でございまして、領都で同じ魔道具店を任せております」
慌てる店主に僕はニコリと微笑む。
「そうでしたか、こちらこそ名乗りが遅れて申し訳ない。
こちらの店には大変お世話になっているアタトといいます。 これは私の眷属精霊のモリヒトです」
僕たちがフードを外す。
知らなかったのだろう、店主の息子は明らかに狼狽し目を見開いた。
話し掛ける相手を間違ったと気付き、しどろもどろになる。
「申し訳ないが、今はあれ一つしかないので、またの機会に」
「は、はいっ、勿論です。 いつでもご相談くださいませ!」
老店主は何故かニヤニヤと笑っているが、お前はちゃんと息子の躾をしとけ。
「それではケイトリン嬢、ご店主、これにて失礼いたします」
軽く会釈をして部屋を出た。
あれだけの銀製品だから、店のほうで責任を持ってケイトリン嬢と一緒に領主館に運んでくれるだろう。
店外に出ようとしたら、いつも話し掛けてくる店員が馬車を呼んで待っていてくれた。
ここの店員教育はまともなんだよなあ。
ワルワ邸に戻るとティモシーさんはまだ来ていなかった。
待ちかねていたようにタヌ子が飛びついて来る。
あははは、もうデカいんだから待てって。
「アタトくん、今日はお疲れ様」
店を閉めて来たヨシローが夕飯の準備をしてくれていた。
「ヨシローさんもありがとうございました」
後で気付いたら、かなりの数の王子関連の者が店に来ていたのだ。
あんなに大勢引き連れて来るとは思わなかったので驚いた。
「いやいや、俺には王子様のお相手は務まらないしねー」
誰にでも気安い態度の異世界人。
不敬罪にはならないか心配だったけど、あの王子なら大丈夫だったかもね。
「とても庶民的な方でしたよ」
気前も良かったし。
「そうじゃな。 エンデリゲン殿下の母上は平民出の第三側妃でいらっしゃるからの」
後宮でかなり苦労されているそうだ。
そんな母親を見ている王子が、身分の低い者を妻に選ぶとは思えないとワルワさんが呟く。
ああ、辺境伯の話か。
そんなに身分ってのは大事なんだろうか。
僕にはよく分からない。
夕食の用意が整う頃、ようやくティモシーさんがやって来た。
「今日は世話になった、ありがとう」
深々と全員に感謝の礼を取る。
「いえ、あれで良かったのでしょうか?」
僕は余計なことをしていないか、ちょっと不安だった。
「ああ、助かったよ」
落ち着いた笑みを見せる。
ティモシーさんにすれば誰でも良かったんだろう、王子の気を逸らせれば。
王子は明日、早朝に出立予定だそうだ。
「辺境伯も一緒に?」
「ああ、辺境伯領に居る間は付き添われているだろうな」
あの王子は何をするか分からないという方で、近くで見張っている人間が必要らしい。
辺境伯という方も余程信用出来る人間がいないのか、単なる苦労性なのか。
自分で王子に付き添っているとは本当にご苦労様である。
ワルワ邸で楽しく夕食を頂き、風呂を使い、地下の客室でタヌ子と眠る。
明日、僕の予定としては漁師のトスの家に顔を出すついでに商売の話を聞き、教会の蔵書室に寄ってガビーの銅板の評価を伺いたいと思っている。
ベッドに入った頃にティモシーさんが僕の部屋を訪れた。
今までヨシローと飲んでいたらしい。
『何か?』
「夜分遅くにすまない。 どうしてもアタトくんに話しておきたいことがあって」
僕はモリヒトに頷き、部屋に入ってもらう。
おそらくヨシローやワルワさんに聞かれたくない話なんだろうし。
「王子のことですか」
モリヒトに簡単なテーブルと椅子を作ってもらって座る。
「ああ、そうだ」
モリヒトは疲れを取るための薬草茶をティモシーさんの前に出す。
「治験の報告をありがとうございました。 薄めてありますのでどうぞ」
まだ読んではいないが、ワルワさんからは概ね薄めれば問題はないと結論が出ている。
「ありがとう」
硬い椅子に座り、両手で持ったカップに口を付けずにティモシーさんはため息を吐いた。
「……気付いているだろうけど」
僕はお茶を啜り、モリヒトは黙ったまま無表情で立っている。
「あの王子が騎士学校時代、私の姉に何度も会おうとした話をしたが」
「ええ」
「彼の執着は、私だった」
うん、そんな気がしてたよ。
王子はティモシーさんを側近として傍に置きたがった。
しかし教会の警備隊を目指して騎士学校に来たティモシーさんは王族にも国軍にも興味は無い。
友人として何度も「近衛騎士にならないか」と誘われても断っていた。
母親である側妃も、父親である国王でも、相手は平民とはいえ命令は出来ない。
「だから姉からも頼んでもらおうとしたんだと思う」
ティモシーさんの姉は、領主の三男と身分を越えた恋愛結婚をした。
大恋愛として王都でも知らない者がいない歌劇になったほど有名な話である。
「当時、姉にも姉の夫にも迷惑を掛けた」
夫と子供までいる女性が「個人的に話がある」と、成人した王族に呼ばれることは決して名誉なことではなかった。
誰でも「側室に望まれている」と思うからである。
「義兄はその領地の教会警備隊の隊長をしていたので、教会が姉の家族と私も匿ってくれた」
教会警備隊は国軍と仲が良くない。
腐った貴族や国の横暴から信者を守るための組織が教会だからだ。
「私は騎士学校の卒業を待たずに教会警備隊に入った」
それは特例だったが、王政の執行官はそれを許し、ティモシーさんを王都から逃がしてくれたのである。
エンデリゲン王子の奇行は有名で、王族の評判を落とすことを王宮側が嫌ったのだ。
「ここまで来れば、まさか追っては来ないと思っていたのに」
なるほどな、と僕は頷く。
「そこまでティモシーさんに執着するのは何故なんでしょうね」
「分からない……」
ティモシーさんは唇を噛んだ。




