第五百八十三話・帰りの寄り道
改めて、僕は国王を始め王族の方々とキチンとした挨拶を交わす。
「エルフ殿。 息子の妃と孫を紹介させてくだされ」
国王から紹介され、王子妃と孫たちとも挨拶を交わした。
夫人と子供たちは珍しいエルフに興味津々だが、そこは立場上、はしゃいだ様子はない。
顔を赤くしてモジモジしている程度である。
さすが大国の王族だ、偉いな。
昼食会にも誘われたが、
「帰国の準備がありますので」
と、辞退させてもらった。
今日は大切な日だ。
家族水入らずで過ごしてくれ。
帰りは馬車でゆっくり帰る、つもりだったが。
「アタト殿。 せっか異国に来られたのですから、もっと観光などされたら如何でしょうか?。 ご案内いたしますよ」
あはは、はあ。
「いえいえ、それには及びませんよ。 ゴリグレン様もお忙しいでしょうし」
断ったはずが、何故か、高位貴族の馬車に乗せられてしまう。
僕とモリヒト、そしてゴリグレン様の3人だけ。
この人は何か僕に言いたいことがあるのだろう。
「途中で教会に立ち寄るくらいならいいですけど」
そう言ってみるとゴリグレン司祭の目が輝く。
「おお、そういたしましょう!」
まったく、貴族ってのは邪魔臭いな。
教会に到着すると、ここも割とお祝いの雰囲気が漂っていた。
たくさんの人々が笑顔で出入りしている。
あの公布で少しでも人々の憂いが晴れたなら、良いことだと思う。
ゴリグレン司祭が先に馬車を降り、僕たちはフードを深く被って後に続く。
人波が十戒のようにザッと二つに分かれ、その真ん中を歩くことになった。
うへぇ、なんだか恥ずかしい。
「どうぞ、お入りください」
案内されたのは司祭用の部屋らしいが、かなり豪華である。
司祭職になってまだ日も浅いというのに、さすが高位貴族だな。
柔らかいソファに座るとお茶とお菓子が運ばれて来た。
僕だけたちはフードだけを取る。
しばらくして、副神官長であるゴリグレン家の縁戚の青年がやって来た。
「アタト様、ようこそ!。 お会いしたかったです」
用があったのは司祭ではなく、副神官長の彼だったのか。
「私に何か御用でしょうか?」
「アタト様、まずは教会の地位の向上にご協力いただき、誠にありがとうございます」
頭を下げられたので、こちらも頭を下げる。
「いえ。 こちらこそ、他国の者が出過ぎた真似をいたしました」
と、謝罪の礼を取る。
「と、とんでもない!」
慌てて「顔を上げてくれ」と頼まれた。
顔を上げると、青年は眉をへの字に下げている。
「御遣い様にご指導を頂きたいと思いまして」
青年は相当、困っているようだ。
「宮殿を解雇されて、見習い神官になった文官たちなのですが」
ああ、あれか。
先日、今までの『異世界関係者』認定の儀式が不正確であり、神の声を聞いていないことが判明した。
僕は、ズラシアスの認定の仕方に疑問を持っていたので立ち合わせてもらい、それを弾劾したのだ。
主導していた宰相、手下の高位貴族、片棒を担いでいた『異世界人』の少年は、罪人として身柄を拘束されている。
その現場で、のほほんと上司の言う事に従っていた官僚、文官たちに、僕は腹が立った。
まるで自分たちは無関係だという、その顔に。
だから、彼らを神官見習いとして教会に預けた。
「修行をさせているのでしょう?」
教会の神官職の修行は厳しい。
人々の尊敬を得る神官になるためには清廉であることが望まれるからだ。
「はい。 でも、それがー」
見習いの仕事は、主に神への祈りと教会の雑用。
そして、魔法の修行。
元々、神官になるためには光魔法の素質が必要で、子供のうちに少しでも才能があれば教会に預けられる。
「彼らには光魔法の素質がありません」
そのため、神官の見習いといっても神官にはなれないため、修行に身が入らない。
だらけてしまっていると言う。
ああ、そういうことか。
僕は先日エテオールであった、教師役をしていた神官たちの件を話す。
神官としては魔力が足りず、市井での治療や浄化といった活動が出来ない。
その憂さ晴らしで、見習いや子供たちに八つ当たりしていた。
「そんなことがー」
ゴリグレン司祭も副神官長の青年も驚く。
「しかし、教会はいつでも人手不足です。 今の彼らには回復などの魔道具を持たせて、役に立ってもらっていますよ」
「つまり、光魔法が使えなくても神官にはなれると」
僕は頷く。
光魔法の魔道具を使って治療をする。
教会に預けられている子供たちの、魔法以外の教育を担当する、など。
「ズラシアスなら、神聖な演劇のお手伝いも立派な神官の仕事でしょう」
光魔法の有無は関係ない。
「なるほどなるほど」
ゴリグレン司祭は何度も頷いた。
要は、神官には神を信じる清い心が一番大切で、光魔法は人々の尊敬を集めるための道具に過ぎない、と僕は思っている。
口が裂けても言わないけどな。
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「ティフ、愛おしい我が娘ティファニーよ。 本当に行ってしまうのか」
「父上様。 今まで、ありがとうございました」
「最後の別れのようなことを言うな」
「ふふふ、いつか必ず戻りますわ。 心配なさらないで。 エテオールならば以前、留学させて頂いておりましたし」
「しかし」
「友人も何人かおります。 それに御遣い様もいらっしゃいますわ」
「うむ。 そうであったな。 御遣い様がおられるなら安心じゃ」
「はい」
「しかし、あの騎士はなんじゃ?」
「ティモシー様ですか?。 御遣い様が護衛に付けてくださった、エテオールの教会警備隊の騎士様です。 留学中に知り合ったエンデリゲン王子殿下のご友人ですわ」
「エンデリゲン王子か。 彼も王籍を離れたと聞いたが」
「はい、そのようです。 現在は御遣い様のいる辺境領の近くで領主をしていらっしゃいます」
「……ティフ、詳し過ぎないか?」
「そんなことはございません。 先日、親善大使としてエテオールに赴いた時に知りました」
「あー、そうだったな。 しかし、お前はいつの間に御遣い様と懇意になったのだ?」
「おほほ、それは秘密ですわ」
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