第五百八十二話・公布の内容と終わり
「モリヒト様」
キランは自分の上司であるモリヒトに話し掛ける。
何故か、2人でコソコソ話し始めた。
「これはなんて言うんですか?」
僕の方はサンテに捕まっていて、色々と説明するはめになっていた。
「神社だよ。 神様が天界から一時的に降りて来る場所、といえばいいかな」
「へえ」
だから、触るなよ。
「はい!」と、サンテは答えたが、気が気じゃない。
エルフ耳でもモリヒトたちの会話が聞けなかった。
朝食が終わり、馬車で宮殿に向かう。
キランとサンテは宿で留守番である。
何やらモリヒトと話していたのが気になるけど、まあいいか。
マテオさんは買い物に出たまま戻っていない。
心配してモリヒトに訊ねると『問題ない』と言うので、女性のところだろうと推測する。
首都は広い。
宿から宮殿までは時間が掛かり過ぎるので、僕たちは途中で馬車を降りて移動結界で飛んだ。
門の近くの建物の陰に出たが、何やら騒がしい。
大事な公布がある日は宮殿が一般に開かれ、庭の広場に入ることが許されるそうで、宮殿前は人で溢れていた。
『中まで飛びますか?』
「あー、そうだなあ」
どうしようかと考えているうちに人波に流されてしまい、門の中へ。
本日の僕たちは、エルフの姿なのでフード付きローブで頭から足元まで隠れていた。
周りからは浮いている不審者だ。
「そこの怪しい2人組、止まれ!」
さっそく、警備兵が見つけてくれた。
ワラワラと下っ端の兵士数名に取り囲まれる。
「地下牢に連れて行け」
偉そうな兵士が下っ端に声を掛ける。
外に追い出そうにも次から次に人が押し寄せて来るため、どうみても逆戻りは出来ない。
中に入れるしかないんだよね。
おとなしくついて行くと、宮殿の中に入れた。
確か、地下牢は広間の奥に階段があったなあ。
広間を横切って歩いていると、どこからか声がした。
「おや、アタト殿ですか?」
声を掛けてきたのは、派手な司祭服のゴリグレン様だった。
よく僕たちだって分かったな。
「ふふふ。 大小の2人組ですし、ローブでも御遣い様の雰囲気は隠せませんよ」
と、言いながら近寄って来た。
兵士たちが簡略礼を取る。
僕はスルリと兵士の拘束から抜けて、フードを取って挨拶する。
「ゴリグレン司祭様、ご機嫌うるわしく」
「へっ?」「エ、エルフだ」
「ヒィ、ご無礼を!。 お許しください」
兵たちが混乱している。
イヤイヤ。 怒ってないし、何もしないって。
僕は平伏する兵士たちに微笑む。
「案内、ご苦労様でした」
ゴリグレン司祭を案内していた宮殿の侍従長の挨拶を受ける。
「ようこそ、エルフ様。 陛下がお待ちです。 こちらへどうぞ」
僕たちはゴリグレン司祭と一緒に歩き出す。
階段を上がり、2階へ。
「こちらでございます」
バルコニーのある広い部屋に通された。
外に向かって開かれた大きなガラスの長戸。
そこからは冬の風が吹き込むが、温度調節された室内はそれほど寒くはない。
「アタト様!」
ティファニー王女が明るく手を振り、隣に立つティモシーさんが「こっちに来い」と手招きする。
陛下や双子の王子は忙しそうなので、挨拶は後回しだ。
「おお、司祭殿、御遣い様」
こちらに気付いた第二王子が、すぐに近寄って来る。
「ご足労いただき、申し訳ない」
頭を下げて挨拶された。
腰の低い、気遣いの人である。
「ご招待、ありがとうございます。 このような節目に立ち会えること、光栄に存じます」
僕は正式な礼を取る。
「こちらこそ。 急な呼び出しに応じて頂き、感謝いたします」
笑顔で挨拶された。
時間も迫っているので、担当の文官が軽く説明する。
「宰相閣下が公布文書を読み上げますので、その間、御二方には後方に立っていて頂きます」
庭の広場になっている場所に人が集まっている。
民衆に教会の司祭やエルフが認めていることを見せつけるためだ。
「承知いたしました」
今日の僕は、ローブを脱ぐと白を基調とした神職に近い衣装である。
ゴリグレン司祭のゴテゴテに飾った貴族らしい衣装の隣に立つと、なんだか質素過ぎて逆に目立つ気がした。
神の御遣いとしての役割を求められているみたいだったから、まあいいか。
だけど、周りで祈り出すのだけはやめてほしい。
バルコニーで王族が並び、僕やゴリグレン司祭、護衛のティモシーさんはその後ろに立っている。
王子たちの妃や子供たちもいて、割と広いバルコニーも窮屈に感じた。
公布は順調に進み、お祝いムードだったが、ティファニー王女の件については少し戸惑う。
「ティファニーは王族として未熟であった。 学び直すために他国にて勉強することとなり、その間は王籍を離れる」
父親である国王も暗い顔だ。
すると、王女は自分から宰相である兄の横に並ぶ。
「国民の皆様。 わたくしは神に許しを請い、もう一度、神の元で学び直す機会を得たのです」
何も悲しむことはないのだと告げる。
悲しい別れではなく、また会えると誓う。
「どこへ行こうと、わたくしは心より皆様の幸福を祈っております」
美しい礼を取ると、広場の民衆からため息と賞賛の声が沸き起こる。
最後に国王も言葉を贈った。
「国に尽くしてくれた者たちを讃え、そして彼らの望みを叶えることにした」
すでに多くの『異世界関係者』がこの国を去った。
だが、国は『異世界人、または異世界の記憶を持つ者』たちを切り捨てた訳ではない。
これからは神のお導きにより、教会が彼らを保護し、その意思を尊重すると発表した。
「彼らに自由を保証し、何の罪もない者を傷付けることのないよう見守っていく。 そして、全ての国民にその精神が行き渡るよう願っている」
「良い演説だなあ」とパチパチと拍手をしていたら、突然、国王がこっちを向いた。
何故か満面の笑みで会釈されたんだが。
僕も会釈を返す。
「それでは」と、終了が告げられた。
バルコニーから室内に戻り、長戸が閉められる。
民衆の声は段々と収まり遠くなっていった。
「お疲れ様でございました」
僕たちは椅子に座るように促され、お茶が出て来る。
今夜は国中がお祭りになるそうだ。




