第五百八十一話・大国の公布と眷属
宿に戻ると、ズラシアス国王陛下の遣いが来ていて手紙を渡された。
「招待状か?」
なんか、明日、宮殿に来てくれと書いてあった。
ズラシアスは国土が広いため、主要各所に広報用の拡声器が設置されている。
それを使い、明日の昼に全国民に向けて公布を行うそうだ。
王太子選定の報告。
宰相の更迭と、新たな者の任命。
『異世界関係者優遇措置』の撤廃と、責任者であるティファニー王女の王籍停止と出国。
そして、首都に出現した迷宮について。
「僕に立ち会ってほしいそうだ」
これは神の御遣いとして、かな。
『他国の一介の商人では、大国の政治的な公布に立ち会うことなどありませんよ』
うん、まあ、そうだろうね。
「ついでに帰国の挨拶もして来よう」
そんなわけで、その夜は早めに寝る。
翌朝、まだ薄暗い時間に起き出す。
首都の中央から端にある宮殿に向かうためには時間がかかる。
早い出発に合わせた朝食の前に参拝を済ませよう。
モリヒトが神社を出していると、扉が叩かれた。
『キランとサンテです』
扉も開けずにモリヒトが言う。
何しに来た。
僕は扉を細く開けて声を掛ける。
「どうした?、朝食にはまだ早いぞ」
「入れてください。 お願いします」
2人揃って頭を下げるので、仕方なく中に入れた。
「で、なんの用だ」
キランとサンテは一度顔を見合わせると頷き、僕に向かって片膝をつく。
は?、なんの真似だ。
2人は深く頭を下げる。
「私共は、神の御遣い様であるアタト様に永遠の忠誠をお誓いいたします」
「是非とも、私たち2人を眷属に加えてください」
僕は顔を顰める。
何を言ってるんだ、コイツら。
「意味が分からん。 今まで通りじゃダメなのか?」
僕がそう言うと、サンテは顔を上げた。
「私たちは今まで、アタト様が神の御遣い様であることを疑っておりました」
キランも頷く。
「しかし、今回のことで事実であったと確信し、これまでのお詫びも含めまして眷属、もしくは下僕でも構いません。 これから生涯、お仕えしたく存じます」
僕は「どうすりゃいいの、これ」と、モリヒトを見る。
『眷属は使用人より家族に近い家来です。下僕は家来の中でも低い地位になりますね。 私はどちらでも構いませんよ』
と、モリヒトはシラッと言う。
どうして、こんなことに。
『アタト様は、この国に来てから活躍されていますからね』
モリヒト、嫌味か、それは。
キランが顔を上げる。
「教会でも、『異世界関係者』に関しても、アタト様が神の御遣いであればこそ、皆、従ったのです」
まあそうだね。
この世界の人々は本当に信心深い。
僕みたいな怪しい者でも、それらしいことをすれば御遣いくらいには見える。
キランの言う通り、僕はそう仕向けたのだ。
「最初は芝居だと思っておりました。 しかし、それが間違いだと、本物の御遣い様だと感じました」
そんな感覚だけで決めちゃっていいのか?。
「おれはアレ!」
サンテが神社を指差す。
「あそこに神様が居ました!」
鑑定しやがったのか。
確かにあれは神様の社だ。
僕が祈っている間だけは、神様がこちらを見ていても不思議ではないんだよね。
たまに変な感じがするし。
「だから、アタト様が本当に御遣い様だって分かったんです。 それに、父さんも助けてもらったしー」
嬉しいのか恥ずかしいのか、顔が赤い。
はあ。
だからって今まで以上に尽くしたい?。
よく分からん。
「眷属なんてモリヒト以外は必要ないんだが」
僕はこめかみを押さえる。
「そこをなんとか!」
サンテ、やめろ、縋り付くな。
キラン、お前はまだ辺境伯家の使用人のはずなんだが。
「辺境伯様にはアタト様次第だと言われておりますので」
最初から、僕が雇うと言えばこちらに鞍替えする気だったらしい。
それなら、まずは辺境伯に話をしてからだろう。
「では、せめて仮契約を」
と、キランが迫って来る。
雇用契約ではなく、人間を眷属とする契約なんてあるのか?。
『アタト様は人族ではなくエルフ族ですから、あり得ますね』
人間と人間ではなく、エルフと人間との眷属契約。
そういうことか。
エルフ族は生まれてすぐに精霊と眷属契約を結ぶ。
これは種族としては弱いエルフ族に対して、神が作った制度だと僕は考える。
『エルフ族が人間と眷属契約を結ぶのは、社会的に弱いから、と考えればよろしいのでは』
モリヒトがそう言うなら、まあいいか。
どこからか、ピラリと紙が現れた。
『キラン、サンテ、こちらに』
「はい」
モリヒトは2人を椅子に座らせ、目の前のテーブルにはそれぞれの契約書を置く。
『キランは仮になりますが、サンテは本物です。 よく内容を確認して魔力付与をお願いしますね』
「はい」「分かりました」
2人が真剣に取り組んでいる間に、参拝を済ませよう。
いや、なんかもう気になって、集中出来ないけど。
とにかく早く帰りたいです、神様。
パンパンッと。
「大丈夫なの?、アレ」
僕はコソコソと小声でモリヒトに訊ねる。
『契約は個人間相互のものです。 アタト様がどうしても気に入らなければ、一方的に破棄も出来ます』
はあ、そりゃ分かってるけど。
あれだけ『異世界関係者』を受け入れてしまったし、益々人手は必要になるのは確かだ。
「出来ました!」
サンテが叫ぶと契約書を持って来る。
僕はそれを受け取り、自分の魔力を付与。
紙が光を纏い、消えた。
「ありがとうございます!」
サンテは嬉しそうに神社に向かい、僕の真似をして参拝していた。
キランはまだ読み込んでいる。
「ん?、なんだこれ」
僕は体に違和感を覚える。
『ああ、サンテの才能がアタト様にも使えるようになったからでしょう』
え、『鑑定』がか?。
「モリヒト。 もしかして、それが目的か?」
サンテの能力が僕にも使えるようになれば、それは便利に決まっている。
『私の土魔法と同じで、一から特訓ですよ』
主従契約である眷属の場合、主である僕は眷属の魔力や魔法を共有できる。
そしてサンテは、主である僕の影響を受けるため、魔力調整が楽になるのだ。
お互い様だけど、なんか嵌められた気がする。




