第五十八話・辺境伯の思惑と令嬢
「いえ、特には」
モジモジする令嬢に辺境伯らしき男性はため息を吐いた。
「やはり田舎娘では駄目だな」
その言葉にケイトリン嬢が俯いてしまう。
そんなこと、わざわざ言わなくても分かるだろうに。
「この怪しい者たちは何だ」
不機嫌な辺境伯は僕たちを見ると胡散臭そうに睨む。
ケイトリン嬢が慌てて僕たちを紹介した。
「ええっと、アタト様と眷属の方です」
ああ、エルフとは言わずに説明しようとすると、そうなってしまうな。
ワルワさんはご領主たちも巻き込んで、僕たちをエルフとは気付かれずに済むようにしていた。
それだけ、この辺境地は魔物や魔獣等が身近な存在だった。
僕は少し深めに礼を取った。
「この町の外に住む異種族の者です。
人族ではないため、お目汚しになりますのでローブ姿で失礼いたします」
色々とワルワさんとも打ち合わせした結果、僕たちのことはそういうことで押し通すらしい。
モリヒトも自然に僕と合わせている。
「閣下。 この者たちは商売のために来ておりまして、私が王子殿下に珍しい土産物をお渡しするために呼び寄せたのです」
ティモシーさんも口裏を合わせる。
まあ、大元はこの人だから当たり前だが。
僕は姿勢を直し、口元しか相手に見えないようにして笑いかける。
「お蔭さまで殿下には気に入って頂けたようで、ティモシー様とケイトリンお嬢様には感謝しております」
そして、
「御用が済んだようですので、私たちはこの辺で失礼いたします」
と背を向け、出入口に向かって歩き出した。
「アタト様!」
魔道具店の老店主が声を掛けて来る。
いつの間に来てたんだ。
息子らしい、よく似た顔の男性商人が慌てて近寄って来る。
皆、慌ただしいな。
「ご注文いただきました給湯用魔道具が届きまして、お知らせに参りました」
「ああ、ありがとうございます。 お店のほうで受け取りましょう」
そう言って一緒に外に出る。
「お父さん、こんな者たちと取り引きしているのですか?」
何やらゴソゴソと魔道具店の親子が話をしている。
「しぃーっ。 お得意様なのだぞ、失礼なことを言うな」
おい、エルフの耳には丸聞こえだぞ。
「あんな高価な物をどうするのかと思ったら」
息子はどうやら魔道具と一緒に来たようだな。
支払いの心配ならいらんぞ。
さっき王子がたっぷり払ってくれたからな。
店は一等地にあるので、中心広場に近い。
裏口に回り、配送用の包みのまま受け取る。
『では、これで』
支払いを済ませたモリヒトが、周りの人数が少なくなったのを見計らって結界に取り込む。
すぐに見えなくなり、知らない者たちは口をあんぐりと開けている。
「新しい品も入荷しておりますが、見て行かれませんか?」
お、脳筋商人にしては気の利いた声を掛けて来たな。
「では、お言葉に甘えて」
店内に入ると、すぐに奥へと案内された。
実物を見せるわけではなく、お茶を飲みながら商品説明用の紙を見せてくれるらしい。
そこにも息子がついて来た。
お茶を出され、今の流行だという「すごい」だの「美しい」だの装飾の言葉が並んだ宣伝用の紙を見せられている。
げんなりしていると、店員がケイトリン嬢を案内して来た。
立ち上がって軽く礼を取る。
「アタト様」
「どうかされましたか?」
店主が僕の隣の席を勧め、お茶が運ばれて来る。
「いえ、あの、先ほどはありがとうございました」
ふむ、礼を言われるようなことをした覚えはないが。
とにかく座って落ち着いてもらおう。
「あの、辺境伯様がアタト様に失礼な態度をとりまして、代わりにお詫び申し上げます」
「いえいえ、あちらの方が立場は上でしょう。 ご心配いりませんよ」
僕の機嫌を損ねたと思って追って来たのか。
ケイトリン嬢は小さくため息を零す。
「この国の王族は正妻の他に側室を持つ者が多いのです。
辺境伯閣下も私にその役目を期待されていたようなのですが」
こんな辺境地に王族が訪れること自体が珍しいようだから、ケイトリン嬢が取り入る良い機会だと思ったのだろう。
「私には到底無理なお話ですのに」
ケイトリン嬢が涙目になって俯いている。
そうだよねー。
王都の煌びやかな女性たちを見慣れている王子が、辺境地の娘に興味を惹かれるわけがない。
結婚相手を探していると噂のある王族なら、周りが色々考慮しているはずだからだ。
純心でウブそうな女の子も各種取り揃えているだろう。
そこに平民と変わりないケイトリン嬢を入れても意味は無いと僕は思うよ。
無能はお前だ、辺境伯。
「そうだ、ケイトリン嬢。 ご領主の体調がすぐれないとか」
嘘だとしてもそういうことになっている。
「お見舞いとして、受け取って頂きたい物があるのですが」
僕はモリヒトに銀食器を出してもらう。
「うちのドワーフが作った品なのですが、気に入っていただけると嬉しいです」
小さな魔石で装飾し、漆のような艶がある塗料によって高級そうに見える工夫がされた木箱。
ガビー、がんばったな。
パカッと蓋を開けると、十客分のフォークとスプーン、デザート用の大皿と取り分け用の小皿がセットになっている。
「まあ」
ケイトリン嬢だけでなく、魔道具店親子も離れて立っていた店員も、同じように息を呑む。
ガビー、がんばり過ぎだな。
僕も初めて見たよ、こんなキラキラしたやつ。
「あ、ありがとうございます」
若いお嬢さんはやはり煌びやかな物が好きらしい。
ケイトリン嬢の目が輝いている。
辺境伯に対する心労もこれを見て癒されるといいな。
じっくり検討させてもらいたいということで宣伝用のチラシを預かって帰ることにした。
この後、ワルワ邸でティモシーさんが待っているのだ。
「それでは」
紙と黒色絵の具を追加注文し、ワルワ邸に届けてもらう手配をして立ち上がる。
「あ、あの、不躾を承知でお伺いいたしますが」
店主の息子のほうが初めて僕に声を掛けた。
いや、視線の先はどう見てもモリヒトなんだが。
「あの銀食器を私共にもお売りいただけませんでしょうか?!」
やけに気合が入った声だ。
モリヒトが嫌そうに顔を顰めた。




