第五百七十九話・その後の迷宮探索について
目が覚めたのは昼頃だった。
「おはようございます。 入浴と食事の準備が出来ておりますが、どちらになさいますか?」
なんでキラン?。
「ん、風呂」
モリヒトはどうしたの?。
「モリヒト様は面会希望者の応対に追われていまして」
希望者、って何?。
「迷宮探索隊の人たちが押し掛けて来てるんです」
ふうん。
昨夜の僕は、迷宮でほとんど戦闘していない。
だけど、魔烏姿の神らしきモノに会ったお蔭で、かなり精神的に疲れていた。
そのせいか、宿に戻ってすぐベッドに倒れ込んだので、その後の記憶がない。
「モリヒトを呼んで」
「はい」
まだ頭が起きていないようなので、先に風呂に浸かる。
狭い浴室だが、この世界で宿の部屋に浴槽があること自体が珍しい。
高級な宿で良かった。
顔と体を洗って脳をスッキリとさせる。
「おはようございます、アタト様」
サンテも来たのか。
まあ、この国じゃあ、もうやることないしな。
暇なんだろ。
キランに着替えさせられ、身支度が終わる。
食事を運んで来たが、僕はその前にやらなきゃいけないことがある。
『すみません、遅くなりました』
モリヒトが部屋に戻って来た。
キランとサンテはもう食事は終えているそうで、あとは僕の指示待ちらしい。
入り口の扉の傍で待機させる。
『社を顕現させてもよろしいのですか?』
キランたちに見せても良いのか訊いてくる。
「別に大丈夫だろ。 サッサと済ませよう」
横柄な物言いにモリヒトが不機嫌になるかと思ったら、そうでもなかった。
『そうですね。 アレが出てくるとは思いませんでしたから』
仕方なさそうに神社を出してくれる。
モリヒトは、昨夜の魔烏姿の神については文句があるようだ。
ブツブツ言ってる間に参拝を済ませよう。
二礼二拍手。
「アタトでございます。 迷宮の件、ありがとうございました」
深く頭を下げる。
「今後、このようなことがございましたら、必ず事前に相談させて頂きます」
また姿を現してもらっては困る。
モリヒトの機嫌も悪くなるしな。
最後に「無事に我が家に帰れますように」とお願いして締める。
神社を片付け、さて食事にしようか。
軽く焼き目のついたパンを口に入れながら、コーヒーのカップを手に取る。
サンテが何が言いたげにモジモジしているが、無視。
「モリヒト。 アイツらは何を言ってきたの?」
迷宮探索隊には魔道具の試験に協力してもらったが、それは無事に問題無しで終わったはずである。
『魔道具の性能について訊ねたいとのことですが。 どうやらズラシアス軍の魔道具製作部門を連れてきているようです』
御守りの性能か。
それを調べて作るってか?。
まさか、もうバラしたのかな。
『……分解したようです』
マジかー。
『その件で、アタト様とお話がしたいと。 お断りいたしました』
僕は「ありがとう」と頷く。
ドンドンと扉が叩かれる。
サンテは驚いて扉から離れ、キランが外に向かって声を掛けた。
「どなたですか?。 食事中です、静かにお願いします」
キランは扉に内側から鍵を掛けている。
開ける気はないようだ。
「すみません、宮殿から使者が来ておりまして」
焦ったような声だが、聞きなれないものなので宿の者でも、探索隊でもない。
僕の様子を伺うキランに、首を横に振る。
「食事が終わり次第、伺うと伝えてください」
「それでは遅いんです。 私が叱られます。 ここを開けてください」
また扉を叩き出す。
モリヒトの防御結界付きの扉は、そう簡単には開かないよ。
食事が不味くなりそうだ。
「モリヒト」
『はい、承知いたしました』
光の玉になり、モリヒトは姿を消す。
廊下も静かになったようなので、僕は食事を続けた。
「なんだったんでしょう……」
サンテが体を強張らせて訊ねる。
「アタト様を捕らえて、なんとしても秘密を聞き出したいのでしょうね」
キランは、扉を睨んだまま独り言のように言う。
「ズラシアス軍の魔道具製作部門」とサンテが呟く。
大国ズラシアスは『異世界関係者』で発展してきた。
その優秀な技術と奇抜な発想を持つ『異世界関係者』も、今では厄介者。
襲撃された農業関係者などは、ティファニー王女の王籍停止と共に姿を消した。
では、彼らの恩恵を受けていた者たちはどうなったのか。
「エテオールの技術を認めると困る者たちがいるんだろうさ」
今頃は、モリヒトに睨まれて怖い思いをしているかもな。
僕はゆっくりとコーヒーを楽しむ。
迷宮探索隊は『異世界関係者』の魔獣討伐隊の精鋭だ。
王女が保護していた者たち以外の『異世界関係者』はここにしかいない。
そこに群がるのは、自分で無能だと言ってるみたいなものだ。
『戻りました』
「お帰り」
ふいに姿を現したモリヒトに声を掛ける。
特に報告することがないようなので、僕も改めて訊ねない。
それより、迷宮の約束事をまとめておきたい。
「サンテ。 筆記を頼む」
キランが食事の後片付けを始めると、空いたテーブルにメモ紙とペンを取り出す。
「はい!」
姿勢良く椅子に座るサンテに迷宮の仕様を説明し、注意事項を筆記させる。
緊急脱出用御守りは、アタト商会のみで販売のため、注文を受けてもすぐには発送出来ない。
御守りが無いと迷宮の1階より下には行けないようにした。
特に区切りの階層、最終魔獣はかなりの実力がないと倒せない。
「時間で復活することも書いておいてくれ」
「はい」
何度でも挑戦してくれて構わない。
同じ内容で2部作成し、一つは隊長に。
もう一つは宰相に渡す予定だ。
「キラン。 後でチェックして、1部を迷宮探索隊の隊長に届けてくれ」
「承知いたしました」
サンテとキランに仕事を頼み、僕は部屋から出る。
マテオさんの部屋の扉を叩く。
「どうぞー」
「失礼します」
女性はいないようでホッとする。
「あははは、彼女は出国の準備で家に帰っていますよ。 家族も説得しなきゃならないし」
ほお。 あの護衛の爺さんは手強そうだ。
「彼女の家族には、うちの商会から給金の他に家族手当を出すことで納得してもらいました」
商人らしく、金で解決したらしい。
さすがやり手だ。




