第五百七十六話・迷宮の改装と魔獣
階段を下りる。
昨夜と違って、ところどころに明かりがあった。
ウキウキと歩く若者たちの最後尾を歩きながら、モリヒトに訊ねる。
「あれは?」
廊下の壁の高い位置に規則的に並ぶ明かりを指差す。
『光を発する鉱物です。 アタト様がお休みの間に土の妖精ノームを召喚いたしまして、整備を担当させています』
へえ。
モリヒトにも眷属みたいなのがいるらしい。
一つの部屋で魔獣に遭遇した若者たちが戦っている間に、モリヒトがノームを紹介してくれると言う。
魔獣は魔狼だが、単体なので大丈夫だろ。
モリヒトが優しく壁を叩くと、ヒョコッと何かが顔を出す。
形は人間に近いが小人よりもさらに小さい。
モリヒトが差し出した片手に軽く乗る。
それくらいの大きさ。
これが土の妖精ノームか。
「僕はエルフのアタトです。 ノームさん、よろしくお願いします」
軽く頭を下げると、驚いたような顔になる。
ピョンとモリヒトの肩に移ると耳元で何か叫び、また飛んで壁の中に消えていった。
モリヒトはクスクスと笑っている。
「何を言ってたの?」
『私の主だと紹介したら、子供だったので驚いたようです』
む、そうなん。
『大丈夫ですよ。 ノームは元々人見知りで、主の精霊以外には従いません』
嫌われたわけではないのならいい。
戦闘のほうはすぐに終わっていたが、若者たちは何か話し合いをしている。
「どうされましたか?」
屍体はすでに消え、魔石と、素材として立派な牙が残されていた。
「この素材って誰のものになるのかなって」
先ほど元気に先頭で声を上げていた女性が代表して答える。
「欲しいのですか?」
と、訊いてみると、皆、ウンウンと頷く。
「今日の記念にもらえるなら」
なるほど。
「魔石は隊長さんに渡すことになっていますが、素材の規定はありませんね。 本日は自由にして構いません」
ワッと若者らしい奇声が上がり、最初の牙はあの女性に贈られたようだ。
それからは魔獣には遭わず、地下3階に下りる。
そこでは猪の魔獣に襲われた。
あー、コイツらなら泥沼に突っ込みそうだよな。
2頭、3頭と小さな群れになっているのもいたが、後ろで見ている限り危なげなく処理している。
素材はやはり牙が多い。
たまに肉や皮があるが、あまり人気はないようで僕が引き取った。
「下りても平気ですか?」
斧を振り回していた男性が訊いてくる。
「はい。 皆さんさえ平気なら。 10階までは魔獣の強さは変わらないはずなので」
「はーい」
モリヒトが創った迷宮は、10階単位で一定の魔素で統一。
下へ行くほど魔素が濃くなるため、魔獣も強く、大きくなる。
つまり、下層ほど廊下や部屋が広くなっていく。
地下4階、魔猪、魔狼に遭遇。
何度か戦うが、彼らにはまだまだ余裕がありそうだ。
ふいに「あのー」と声を掛けられた。
「はい、なんでしょう」
「休憩するための安全地帯とか、ありますか?」
少し小柄な男性が訊ねてきた。
今までは屋外の森や草原が多かったそうで、迷宮での休憩の取り方が分からないらしい。
僕は対応をモリヒトに任せる。
『そうですね。 今はありませんが、必要でしたら作りますよ』
「ぜひ!」
女性に食い気味に頼まれた。
そっか。 御手洗とか欲しいよな。
『5階と9階限定で、休憩室を設けましょう』
下の階層も同じように5と9の付く階に同じような休憩所を作ってみることにした。
「ありがとうございます!」
若者たちは、すぐに5階へと向かう。
モリヒトは、階段を下りた目の前の部屋に入り、ノームたちを呼び出す。
若者たちは当然、部屋の外で警戒と戦闘だ。
室内はだいたい20畳ほどの広さ。
ノームたちに説明しながら、モリヒトは土でテーブル、椅子、仕切りの壁を作り、その奥に石造りの洋式っぽい座る型のトイレを設置。
排泄物は、底にある闇から最下層へ流れるように、僕が穴を繋ぐ。
常に流れているようにしたので、匂いもなく、清潔だ。
ノームたちは、それと同じものを指定の階に作成できるという。
戦闘がひと段落した彼らを呼び込む。
「わあ」
あちこち触ったり、座って休んだりしながら使い心地を確かめている。
『どうでしょう。 他に必要なものがありますか?』
モリヒトが彼らに訊ねる。
「えっと、食料とか水は補給出来ますか?」
彼らの中では年長らしい男性が訊いてきた。
『それは魔法では出せませんが、持ち込んだり保存したりすることは可能にしましょう』
棚と台を設置。
基本的には保存が効く食料しか持ち込めないが、水に関しては水の魔道具を置ける台を作った。
後は工夫次第だろう。
「ありがとうございます」と男性は頭を下げた。
とりあえず、これで運用してみることにして、部屋を出る。
振り返ると、室内が丸見えだ。
迷宮の殆どの部屋に扉は無いが、休憩所だけは魔獣が入らないようにしなきゃだめじゃないかな。
「魔力で開閉する扉が必要かな」
普段は閉まっていて、利用する時だけ魔力を流して開く。
「出来るか?」
モリヒトに訊ねると頷いた。
『商会本部のアタト様の部屋の扉と同じですね』
イヤイヤ。
「普通でいいから」
モリヒトは開閉用ボタン付きの扉を設置した。
僕の部屋は、僕以外は許可なく入れない仕様だから、こことは違う。
むう。 思い出したら帰りたくなった。
風呂に浸かり、コタツでタヌ子を撫でたい。
ああ、懐かしい我が家。
「そもそも僕は、この世界でのんびり生きていこうと思っていたはずなのに」
『異世界』から来た者には不都合なことが多過ぎて、つい口やら手やら出しちまったな。
反省しよ。
その後も順調に魔石集めは進み、9階の休憩所も完成。
「さて、次は10階ね!」
この階層で一番強い魔獣が居るはずだ。
階段を下り、10階の部屋の前でモリヒトが唸る。
『む、これはー』
区切りの最後は濃い魔素と魔獣が存在するため、頑丈な扉が設置されていた。
「何かあったのか?」
険しい顔のモリヒトに、僕は首を傾げる。
「開けますよー」と若者たちが叫び、「グググッ」と力任せに重い扉を開く。
『皆さん、すぐに脱出してください!』
「へっ?」




