第五百七十二話・迷宮の創設と魔獣
「確か、タカシの話では迷宮には10階ごとに強い敵が居て、そいつを倒さないと先には進めないそうだ」
『倒せば何か宝を得る、とか言ってましたね』
タカシを引き受けた日の夜、僕らは彼の『異世界』の話を聞いた。
「僕がなんで魔獣狩りに行かなかったかって?。 まあ、戦いの才能がなかったからっていうのもあるけど」
タカシに言わせると、遠い場所まで魔獣を狩るためだけに出掛けて、探し回るのが非効率だからだそうだ。
そして、迷宮という場所の話が出てくる。
「それがあれば、無駄に広範囲な魔獣の森なんかに行かなくても、入り口さえあれば効率良く魔獣狩りが出来るのに」
という話だった。
迷宮なんて、鉱山の坑道みたいなものだろ?。
地中なんてモリヒトの支配下じゃないか。
軽い軽い。
なんて感じたことを思い出していた。
「だが、屍体は迷宮自体が始末するってのは大丈夫なのか?」
『そうですね。 私の力では屍体を床や壁に吸収させることは可能ですが、それを消化することは出来ません。 どこか一箇所に集めるくらいですね』
ふむ。 魔獣の魔石と一部の素材は討伐した者に与え、残りは廃棄物として土に吸収させて集めるんだったな。
「迷宮の底の、また底に新たに魔素溜まりを造ればいいのか」
『それならば、いっそ50階の下に新たな迷宮を追加するのも楽しそうですね』
……精霊というのは案外戦闘好きなのである。
「本当にゲームのようだな」
普通に迷宮を踏破したら、まだ下に隠れた迷宮があって、さらに強い敵が現れる。
「今回は50階まで作って、沼を繋ぎ、魔獣の発生まで確認だ」
後は、またタカシに助言してもらうのもアリか。
『畏まりました』
モリヒトが楽しそうで、何よりだよ。
夜明けが近い。
モリヒトが2階から50階への階段や階層ごとの部屋や廊下の作成を済ませた。
『10、20、30、40階は小部屋なし、一つの扉だけで、中には広さに応じて大型魔獣が配置される部屋になっています』
最奥に下への階段があるので、最悪、大魔獣は無視することも出来る。
素材は手に入らないが。
50階はまだ完成させず、さらに下の階層への移動魔法陣を設置する予定だ。
「ありがとう。 こっちも沼からここまでの闇は繋いだ」
先ほどから溢れ落ちて来る生物たちを確認。
餌もなく痩せ細った獣、力なく飛べない虫や鳥。
沼の闇に呑まれ、沈み、それが魔素溜まりに落ちると生まれ変わって立ち上がる。
魔獣化し、元気に迷宮を徘徊し始めた。
すぐには公開しないし、最初のうちは魔獣の数は少ないが、毎日増えるだろうし、狩り尽くすことはないとは思う。
僕たちは魔力は切れることはない。
それでも、魔法や魔道具を使うことは神経を集中しなければならないため、かなり疲れる。
僕は結界の中で座り込んだ。
「しかし、ここは管理者が必要になるなあ」
魔獣の数や魔素の増減を監視する者が必要だろう。
『教会に管理させますか?』
いや、教会は忙しいから無理だ。
「それに、教会には他にやってもらうことがあるしな」
『何をですか?』
僕は、試作品を取り出してモリヒトに見せた。
「迷宮に入る者に売り付けようと思ってな」
迷宮用御守りである。
しばらく眺めていたモリヒトが呟いた。
『地上への脱出用ですか』
僕は「うん」と頷く。
「魔石を使うのは本末転倒だから、紙にした」
かなり魔力を込めてあるが魔石を使っていないため、一回しか使えない魔道具。
迷宮内でどうしようもなくなった時、帰還するために使う。
使い方を誤れば負傷や死に繋がるが、それは普通の魔獣狩りとなんら変わらない。
『……お優しいですね、アタト様は』
「そうかな」
この世界と元の世界は全く違う。
僕にとって、ここは『異世界』であり、僕は『異世界の記憶を持つ者』だ。
この世界の神が、僕に何をさせようとしているのかは知らない。
『好きにしろ』って精霊王は言ってたらしいし。
だけど。
「僕に出来ることはやるさ」
この世界の人々のため、『異世界関係者』のため。
なんて甘いことは言わない。
結局は自分のため、だからな。
「やりたいから、やる」それだけだ。
「だからモリヒト。 僕が暴走しそうになったら止めてくれよ?」
『ふふふ、分かっております。 が、たまに一緒に暴走するのも楽しくなってきましたよ』
それはダメじゃん。
「フッ、クククッ、アハハ」
『ふふふ』
地上に戻り、第一王子のテントに向かう。
「お待ちください!。 殿下はまだお休みになっておられます」
夜番の兵士に止められる。
分かってるよ。
夜はまだ明け切っていない薄ぼんやりした靄の中。
「では、先に入り口からやるか」
僕はモリヒトを見上げる。
『そうですね。 丈夫な門と扉を作りましょう。 魔素なら十分にありますから、地下から吸い上げるようにしましょう。 そちらはアタト様の仕事ですね』
ハイハイ。
闇から闇へ、魔力を流す。
地下1階は広い部屋、一つにする。
軍隊や大人数が集まるのに地上では物々しい。
地下ならば人目に付かないように出来るからだ。
ゴゴゴゴゴ……
地響きがする。
モリヒトがちょっとお怒りのようだ。
疲れて雑になったか。
「アタト殿、お戻りになったのか」
「はい、殿下。 現在、地上に繋がる場所を作っています」
実は、この時が一番危ない。
門と扉を作る前に、下から魔獣が上がって来てしまうかも知れないからだ。
タタタタ……
軽い足音がエルフの耳に届く。
「来るな」
『はい。 魔狼の群れでしょうか』
僕は頷き、気配を隠すための、黒狸の毛皮付きマントを脱ぎ捨てる。
公園は、外周を見えない防御結界で囲われている。
やるなら今しかない。
「僕が中に入ったら扉を閉めろ」
外から中に向かって、門扉自体に強固な結界を張る。
魔素が漏れないように確実なものを。
「これは命令だ」
『承知いたしました』
腰の双剣を抜き、走り出す。
地下に飛び込むと同時に「閉めろ!」と叫ぶ。
モリヒトが無言のまま扉を閉める。
中の戦闘が外に影響が出ないか、どの程度の強度なら十分か。
モリヒトはその確認のためにじっと外で待つ。




