第五百七十話・迷宮の創造に着手
僕は近郊を含めた首都の地図を見せてもらう。
モリヒトには魔素の溜まりそうな場所を探してもらっている。
立ったまま目を閉じているのは、そのせいだ。
「あ、あの、どういうことですの?」
会話についてこれなかったティファニー王女が、ティモシーさんに訊ねている。
現在のところ、ティファニー王女の護衛はティモシーさんなのだ。
「魔獣は獣が大量の魔素を取り込むことで発生します。 迷宮は魔素が溜まりやすいと言われていますので」
ティモシーさんは少し困った顔で僕を見る。
「アタトくんは、大地の精霊であるモリヒトさんに迷宮を創ることを命じたのではないかと」
「えっ、そんなことが?」
一斉にこちらを見る王族の皆さんの視線が痛い。
ええ。 出来ますけど、何か?。
しばらくして、モリヒトが目を開いた。
僕の前に広げられた地図に手を伸ばす。
『この辺りの地下に魔素溜まりがございますので、迷宮には最適かと』
へっ?。
「こんな首都の中心部に魔素溜まりが」
僕は驚いた。
首都に来て泊まった宿、の隣の大きな公園。
「そこは昔、大きな魔素溜まりがあって、それを封じた跡地だと文献にあります」
だから公園にして、人が住まない土地になっているそうだ。
歴史好きなのか、第二王子が嬉しそうに語る。
僕はふと、公園で声を掛けて来た爺さんたちのことを思い出す。
「もしかしたら、最近、ここで何か事件でもありましたか?」
「そういえば」
第一王子が側近を呼び付けて、説明を求める。
「はい。 確か1年ほど前から公園に棲む動物や、浮浪者が凶暴化する事件が増えまして」
首都を守る警備兵たちの部署から報告があったそうだ。
しかし、『異世界関係者』の魔獣狩りに力を入れているズラシアス国は、彼らの補助に付いていく兵士たちも必要だった。
そのため国軍や首都警備隊は人手不足。
「現在は引退した兵士や傭兵から成る警ら隊という組織が、この辺りを中心に担当しております」
なるほど。
年寄りのほうが古い言い伝えや歴史的な背景に詳しい。
何か怪しいと感じていたのかもな。
「では、この公園を封鎖して頂けますか」
夜にでも迷宮を創造するための調査を開始することにした。
王子たちは頷き、すぐに準備に入る。
第二王子は文官を呼んで書類を用意させ、目の前で国王に署名させた。
公園の封鎖と周辺住民への外出規制の指示書らしい。
第一王子はその書類を確認し、すぐに兵士を連れて行動に移す。
第二王子は妹にも指示を出す。
「ティフ」
「はい、お兄様」
「君は教会に行きなさい。 今頃、魔獣狩りから戻った『異世界関係者』が認定のやり直しをしているはずだ」
彼らの処遇を決めるのはティファニー王女の仕事である。
うまくいけば警備の人数を増やせるだろう。
「承知いたしました」
僕はティモシーさんに頷き、王女の同行を頼む。
2人は礼を取り、部屋を出て行った。
「さて、最後の締めに入ろうか」
第二王子バリバトール様と僕は、改めて向かい合う。
「ちゃんとした迷宮というものが出来てからという条件付きにはなるが」
何でも希望を聞いてくれるらしい。
希望、希望ねえ。
もう一芝居必要か。
「申し訳ありませんが、私が神の御遣いであることはご存知かと思います」
国王はコクコクと頷き、王子の方は「まあな」と半信半疑という表情だ。
「私の希望は教会で申し上げた通り、古の教義に立ち返り、今一度、『異世界人』や『異世界の記憶を持つ者』たちの扱いを考え直して頂きたい」
そして、それを国の隅々に広めてほしい、ということだ。
「ふむ。 それについては、新しく司祭になられたゴリグレン卿と話し合い、進めて参る」
「ありがとうございます」
僕は深く礼を取る。
王子から「まだあるだろ?」と目線で促された。
ああ。
「先ほどの魔獣素材の取り引きの件ですが」
それこそ、迷宮が完成して魔石の供給が安定してからになる。
「我らアタト商会は、エテオール国と関係の深いスピトル商会を取引先として契約を結ぶ予定です」
「おや。 国でなくても良いのか?」
第二王子は少しおどけた顔をした。
僕は軽く首を横に振る。
「とんでもない。 まだエテオール国内でも実績が足りない商会です。 しばらくは細々と取り引きさせて頂き、何か力になれることがございましたら、スピトル商会を介して協力させて頂きます」
「そうか。 我が国の商人たちにも配慮してくれるか。 ありがたいことだ」
王子は何度も頷き、新しくお茶とお菓子を運ばせた。
「センベイ、という菓子が好きだと聞いた」
お、おお。
「ありがとうございまー、え?」
煎餅の乗った器と一緒に緑茶が出て来たが、いつものような取手の付いたカップではなかった。
「これは!」
クスクスと王子が笑う。
「お茶が好きな御仁で器に凝る者がいてな。 これはチャワンというそうだ」
湯呑み茶碗、陶器である。
「素晴らしいですね!」
手に取り、じっくりと眺め、触感を楽しむ。
模様はない。
全体的に薄い灰茶の陶器。
古い遺跡より見つかったものを復元したそうだ。
「我の恩師だった」
作った人は王族に魔法を教えていた宮廷魔術師で、残念ながらすでに故人である。
「長い時を生きるエルフ殿なら、このチャワンの良さも分かってくれるのではないかと思ってね」
「とても良い品を見せて頂きました。 ありがとうございます」
何故か、この王子とはウマが合う。
夕食も誘われたが、僕としては滞在日数の関係もあるし、もっと街中で珍しい料理を探したい。
「ありがたいお誘いですが、夜の調査のため、早めに移動したく存じます」
首都の中心部にある公園と、郊外に近い宮殿。
移動だけでも時間が掛かる。
「そうか、寂しいな。 必ずまた遊びに来てくだされ」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます」
モリヒトと共に礼を取り、宮殿を後にした。
馬車では時間が掛かり過ぎるため、途中で「用事がある」と下車する。
そこから移動結界により公園横の宿の裏へ出た。
その宿に部屋を取り、近くの食堂に向かう。
珍しい料理はなかったが、モリヒト好みの酒はあった。




