第五十七話・土産の要求ならば
いつも赤文字ドッキリ(誤字報告)ありがとうございます!
「はあ」
ゆっくりと王子が大きく息を吐いた。
グイッと僕のほうに体を乗り出してくる。
「この結界、外に声は聞こえないんだな?」
そう確認してきたので「もちろんです」と頷く。
そして王子はここにいる者に他言しないように言明した。
命令でなかったのは、たぶん信用してくれてたのだろうと思う。
ティモシーさんの紹介だし、王族の命令は絶対なので、破った場合の罰が厳しい。 そこまではしたくないのだろう。
しかし、これだけ態度に出ていれば丸分かりだ。
ハッキリと答えなくても肯定しているのと同じである。
王子は椅子に背を預けて僕を睨む。
「ティモシー、こいつは本当に厄介だな。 人の心を読む魔物かよ」
失礼な。 僕は人の心は読まないぞ。
予想しただけだ。
「アタトくんは、正直なだけですよ。 エンディ様と違って」
「あはは、確かにな!」
王子は機嫌良さそうに笑う。
ケイトリン嬢がオロオロしてるので、あまり大きな声は出さないで欲しい。
そろそろ話を締めたいな。
「エンディ殿下は、いつ王都にお帰りになるのですか?」
「ん?、我が早く帰ると何か良いことがあるか?」
質問に質問で返すのは良くないぞ。
あれか、わざわざ辺境に来たのに何も成果がないと帰れないということか。
「何か欲しいものでも?」
希望があれば聞いてみたい。
王子の付き添いたちは子供の戯言と苦笑を浮かべて聞いている。
「この土地で珍しいものは何だ?」
特産品ではなく、珍しい物ときたか。
「モリヒト」
『はい』
少量の干し魚、燻製、あとは薬草茶の見本品を出す。
「これらはアタトくんがこの町で販売している品物です。 薬草茶に関しては今のところ人体に影響がないかを検証中ですが」
ティモシーさんが解説してくれて、従者が物珍しそうに見ている。
王子はあまり興味はなさそうだ。
「これを気に入って土産として持って帰ったとしても、また取り寄せれば良いだけだろ。
早く帰る理由にはならないな」
なるほど、じゃあ、こういうのはどうだ。
「では、殿下。
よろしければ、こちらに居を移されてはいかがでしょう」
「はあ?」
僕以外の声が重なる。
モリヒトは声には出さないが不機嫌そうな気配を漂わせた。
「ティモシーがこちらに居る間は我もここに居れば、と?。 それは良いな」
「ええ。 でも、ちゃんと国王陛下の許可は頂いて来て下さいね。 それと辺境伯閣下にも」
僕としては気分良く帰ってもらうための提案であり、その後のことは知らん。
まず許可はされないだろうし、勝手に怒られてろ。
「ということだ。 早速帰り支度をしろ」
王子は従者と側近兼護衛に声を掛けた。
慌てた二人が準備のため、王子の傍から離れて結界を出て行く。
側近たちが居なくなったことを確認し、王子が僕に顔を寄せ、声を潜めて言う。
「なあ、ティモシーを返せ」
嫁探しではなく、こっちが本音か。
「それはご本人の意思なので」
僕がどうこう出来る話ではない。
「じゃ、代わりにお前が我と一緒に王都に来るか?」
僕自身を土産にするつもりか。
「あははは。 それは無理ですよ。 そんなことをしたら王都が吹っ飛びます」
あはは、と王子からも笑い声が聞こえた。
まるっきり冗談でもないけど、な。
分かってるティモシーさんとケイトリン嬢は顔を引き攣らせている。
「アタトくん。 それは冗談だとしても笑えないよ」
ウンウン、モリヒトを知ってる人ならやりそうだと思っちゃうよね。
「アタト様なら出来そうで怖いです」
ケイトリン嬢がこわごわと僕を見る。
あれ?、でも僕は人前で魔法を使ったことはないよね。
ティモシーさんがため息を吐く。
「アタトくんもエンディ殿下も、あまり物騒なことは言わないようにしてください」
振り回される人たちにも気を遣えということですね。
ハイハイ。
王子は、僕たちを見ながらクスクスと笑っている。
「ここにいるのは楽しそうだが、こんな魔物がいたんじゃ護衛たちには気の毒だ。
おい、アタトとやら。
今回は引き下がってやるから、お前だと分かるモノを何かよこせ」
僕は首を傾げる。
「お前の体の一部でも良いが、そこの眷属が睨んでるしな。
代わりに。お前の魔力を纏ったモノを渡せ」
「アタトくん。 適当に君の魔力を込めた物で良いからね」
ティモシーさんの話では、見る者が見れば僕の魔力だと分かるモノが良いそうだ。
僕だと判別出来るモノか。
「モリヒト、紙はある?」
『はい。 こちらでよろしければ』
便箋代わりにした上質紙の残りか。
ペンと封筒も出してくれた。
上質紙の切れ端は封筒より小さいが、まあちょうど良いな。
モリヒトが紙を綺麗に切断し、カードくらいの大きさにした。
僕はそれに自分の名前を書く。
その紙に以前、教会の蔵書室に入るために作った身分証と同じように魔力を纏わせる。
インクを乾かす間に、封筒には王子の名前を書く。
エンディ殿下へ、っと。
「僕はまだ人族の文字を勉強中なので、簡単なものしか書けません。 大目に見てください」
名前を書いた紙を封筒に入れてモリヒトに渡した。
モリヒトはそれに破壊不可の魔法を掛ける。
『どうぞ』
テーブルの真ん中に置くと、王子は嬉しそうにそれを手に取った。
「確かに受け取った」
バタバタと従者たちが戻って来たので、僕は先ほど取り出した干し魚や燻製などを、そのまま彼らに土産として渡す。
あ、ティモシーさんがお茶はダメって言うので外した。
立ち上がった王子は従者に指示して過分な代金を払うと、店を出て行った。
ふう。 やっと一息吐いて冷めたコーヒーを飲み干す。
モリヒトが結界を解くと同時に、僕たちは再びフード付きローブを身に着けた。
それを待っていたように誰かが近付いて来る。
「辺境伯閣下」
ティモシーさんとケイトリン嬢が正式な礼を取る。
僕とモリヒトも一応立ち上がり、簡単な礼をした。
元の世界では五十代といったところか。
魔道具店主ほど高齢ではないが、中年のご領主より若くはない。
「ケイトリン、エンデリゲン殿下と何か話をしたか?」
あー、王子に彼女を押し付けようとしたのはコイツか。




