第五百六十六話・移動の予定と残留
予定通りのパトリシア様親子と共に、『異世界関係者』の第一陣を明日、出発させる。
来た時と同じで途中の街で一泊。
国境の施設に到着するのは、その翌日になる。
ティファニー王女がパトリシア様に託す正式な書簡を作成していた。
「これがあれば、わたくしも皆さんも亡命者として受け入れられるはずです」
どうやら国内で暴動があった数年前から、王女は『異世界関係者』を他国へ逃すことは考えていたらしい。
ところが、宰相が次から次へと新しい認定を行うため「ここまで」という区切りをつけられず、ズルズル先送りになっていた。
「そのせいで皆さんを危険な目に遭わせてしまいました」
安全なはずの王女の城まで襲撃に遭った。
僕たちがいなければどうなっていたか分からないと、王女は唇を噛む。
「だから亡命ですか」
「はい」
やはり賢いなあ、王女様は。
「秘密裏に陛下から亡命の件は了承頂き、国からも自由を保証すると」
逃亡者として罪を問うようなことはしないと約束させたそうだ。
僕は安堵の息を吐く。
正規のルートで国を移動出来るなら、モリヒトの移動結界を使わなくて済む。
「分かりました。 その書類を側妃様からエテオールの国境で待っている迎えに渡してもらいましょう」
『異世界関係者』を一時的に預かってもらい、僕が戻ってから辺境地に移動すればいい。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いに頭を下げ合う。
「それで、僕は国王陛下の面会が終わってからの帰国になりますので、その時に同行していただくことになりますが」
「はい。 こちらとしてはそれで結構ですわ」
タカシくんの移動は王女と一緒ということになる。
それまではこの城の預かり。
「そうですな。 彼については明確な罪人扱いとなりますのでな」
護衛の爺さんによると、『異世界人』の罪人というのはとても珍しく、扱いが難しいそうで。
「では、こちらからもティファニー王女の護衛兼指導役として教会警備隊の騎士ティモシーさんを残しておきます」
王女の王籍停止の影響は護衛にも出るだろう。
その入れ替わりの間、貸し出すことにした。
王女はこれから、異国までついて来てくれる使用人や護衛の人選に入るそうで、僕たちは退室した。
部屋に戻ると何故か待ち人が居る。
キラン、サンテ、ティモシーさんにマテオさんまで。
「どうしました?」
部屋に入ってもらい、モリヒトがお茶を淹れる。
「明日の出発の件です」
キランが代表して話し出す。
うん、だと思った。
「側妃様たちは予定通りでよろしいですよね?」
側妃親子に侍従と侍女、隊長の青年と女性騎士2名。
「今回はゴリグレン家から護衛と文官が同行するそうです」
エテオールの王宮まで着いてくるらしい。
「監視と連絡係りか」
「でしょうね」
まあ、心配だろうし、仕方ないか。
僕は疲れが溜まっているせいか、薬草茶が染みる。
ズズズ……
何故か、キランの視線が痛い。
「それで?」
まだ何か話があるんだろうか。
「アタト様は宮殿に行かれるとか?」
なんでバレてるの?。
「んー、まあ、色々と後始末があるからな」
問題はそこらしい。
「我々も残ります」
サンテ、お前は父親と同行してもらいたいんだが。
今夜は急遽、飛んで来てくれた妹のリザーリス大使と共に、サンテの部屋に滞在している。
「モリヒトさんの移動結界を使いますよね?」
サンテの父であるウスラート氏は、他の『異世界関係者』とは違い、すでにこの国では亡くなった者。
そのため、普通には出国出来ないからだ。
「リザーリス様も婚約者が捕まったこともあり、すぐにはエテオールに戻れないそうで」
うーむ。 それは仕方ないか。
サンテもこちらに残ることになった。
「私も出国は遅れそうですね」
ティモシーさんが意地悪っぽく微笑む。
「うん。 ティファニー殿下は、僕と一緒にエテオールに向かうことになるし」
王女が一時的に王籍を離れる話は伝わっていた。
あの護衛の父娘は王族専用の護衛らしいから、今後、どうなるのか分からない。
しばらくの間、護衛はティモシーさんにお願いする。
「承知いたしました」
喜んで引き受けてくれた。
帰国は遅れるけど、相手がティファニー王女だから嬉しいんだろうか。
「すみません」と、マテオさんが発言を求める。
別に会議とかしてるわけじゃなし、適当に喋ってよ。
「ティファニー王女の件で『異世界関係者』の魔獣狩りが呼び戻されたようですね」
「あー、もう連絡取れたのか」
さすが魔道具が豊富な大国ズラシアスだ。
「彼らが引き上げて、国の兵士が代わりに魔石を集めるようになると、また魔石の供給が減りそうですが」
それは僕も考えた。
魔獣狩りが行われている地域は首都からは遠い。
いくら魔道具が発達していても、何度も往復するには魔力や労力は無限ではないし、面倒だ。
「その辺りの話を宮殿でするつもりだよ」
『異世界関係者』の戦闘部門にしろ、国軍にしろ、魔獣から採れる魔石は国が徴収する。
「エテオールでは、僕たちや猟師が集めるから市場に流れるが、ズラシアスはそれが少ない」
国土は広いから、魔石が採れる範囲も広いはず。
なのに市場に出てこないのは、地産地消というか、地方がその場で消費してしまうからだ。
「軍が治安のために魔獣狩りをするのは問題ないが、それを買い取る業者を増やさないと」
魔石だけでなく、魔獣の素材はどうなっているのか。
「調べてみましょうか?」
うまくいけば、エテオールの商会が食い込めるかも知れない。
「よろしくお願いします」
商人同士、利害が一致する。
ということは、マテオさんもこちらに残ることに。
「私も残りますよ」
キランが睨んでいる原因はこれか。
「側妃様一行にはゴリグレン家からの護衛が増えましたから、私はアタト様の執事に戻らせて頂きます」
自分だけ仲間外れは嫌だとごねる。
「はあ。 とりあえず、側妃一行の見送りはキチンとやってくれ」
そこまではキランの仕事だぞ。
「承知いたしました」
嬉しそうだけど、普通はサッサと帰りたいんじゃないの?。




