第五百六十四話・『異世界人』の少年の身柄
僕は首を傾げる。
「『異世界人』の方たちは、この国にとって大切な資源だと伺っていますが?」
嫌味が通じたのか、護衛たちの気配が剣呑になる。
なんだよ、事実だろうに。
僕は優雅に脚を組み、お茶を飲む。
後ろに立つサンテが笑いを堪えているのが分かる。
「ふふふ。 さすがエルフ殿。 人間の王族など恐れぬ姿勢に感服いたす」
三十代くらいの第二王子は器がデカい。
だが、こんな小僧を押し付けられては僕も困る。
断固拒否したい。
「この少年は、国を謀ったとして放逐が決まったのだ」
少年は『神の声』が聞こえるという触れ込みだったが、今日の教会の儀式で、実はそういう才能はないことが判明した。
「元々、国に役立つような知識も技術もない子供であったのでな」
国外退去か、ふむ。
今までは『異世界人』というだけで保護され優遇されたが、これからはそうもいかないということだ。
「この少年は、いつ頃、国に保護されたのですか?」
王子は、傍にいた側近の護衛に確認して答える。
「5年ほど前だ」
ふうん。
今は何歳なのか分からないが、どうみても中学生ぐらいだ。
逆算すれば8歳から10歳ということか。
「サンテ、どう思う?」
じっとタカシ少年を見ていたサンテはため息を吐いた。
僕にだけ聞こえるように囁く。
「嘘です」
はあ、なんじゃあそりゃ。
嘘吐きを擁護する気はない。
「お断りします」
僕が引き受けを断ると、少年がカッとなって喚く。
「な、なんでだよっ!」
ワハハッと王子が豪快に笑う。
「そうか、『異世界人』でも役立たずは要らぬか」
「いいえ」
僕は少年をじっと見る。
「僕は『役立たず』だから不要だと言ってるのではなく」
飲んでいたお茶のカップをテーブルに戻す。
「彼が本当の事を話さないからです」
名前にしろ、才能にしろ、噓を吐いた。
保護された時は10歳以下の子供だったのだから、皆に大切にされていたはずだ。
『異世界関係者』にも、国からも。
それなのに、名前さえ嘘だったというなら、元々そういう生活をしていたと予想出来る。
何か理由があるなら、5年の間に打ち明ける相手も作れなかったのか。
まあ、何も出来ないから『神の声』を思い付いたのだろう。
案外、頭は悪くないのかもな。
しかしながら、この年齢の少年を他国に放り出すのも心苦しいのだろう。
王子は、なかなか帰ろうとしない。
ふいに扉が叩かれる。
『失礼いたします』と、モリヒトが入って来た。
サンテと何か話していたが、今度はサンテが「失礼します」と部屋を出て行った。
無表情で僕の後ろに立つ美しい精霊に、デカい護衛たちがビビる。
『アタト様、そろそろ夕食のお時間ですが、いかがいたしますか?』
と、小声で訊いてくる。
うーむ。
客として滞在している身分で、この人数の客の夕食を用意してくれ、とは頼みづらい。
「我々のことは気にしないでくれ。 用が済めば帰るのでな」
その用事が問題なんだが。
「では、護衛の方々を部屋から出してもらえますか?」
モリヒトがキレる前に決着をつけよう。
「うむ、構わんぞ。 お前たちは外で待っていろ」
「はい。 承知いたしました」
ゾロゾロと護衛たちは部屋を出て行く。
残ったのは王子と側近の男性、黒髪の少年。
「さて、少年。 名前から教えてほしい」
僕が直接、少年に話し掛けると、王子と側近がピクリと反応する。
「わ、笑わない?」
少年は、もう後がないことを悟ったのだろう。
観念したらしい。
「聞かないと分からないですよ」
笑うかどうかなんて、知らなければどうしようもない。
「……カガミ・プリンス」
プッ。
いや、笑わないよ。 笑っちゃいかん。
「なるほど、本名を言えなかったのはソレでしたか」
キラキラネームというヤツだ。
『異世界の記憶を持つ者』たちに笑われるから、無難な名前を名乗ったのか。
「偽名の理由は分かった。 では才能については?」
「才能?。 『神の声』のこと?」
僕は頷く。
「あの、それはー」
僕の顔をチラチラ見ながら言う。
神の御遣いなら分かるだろって思ってるのか?。
そんなん知らんよ、と先を促す。
「『異世界転移』したのが分かったから、これは神様の仕業だと思って」
ん?、だから何。
「元の世界で漫画とかアニメで流行ってたんだ。 可哀想な理由で亡くなった人を違う世界に転移させる物語なんだけど」
あー、SFとかでありそうだな。
「亡くなった人のところに神様が現れて、スキルや便利な道具をくれて、違う世界に転移させてくれるの」
ウンウン、それで?。
「神様が転移させてくれたんだから、何か言ってくれたはずでしょ?。 だから」
そういう会話をする場面があると言う。
「『神の声』を聞いた、と言ったわけか」
「僕は特にそういう記憶はないんだけど」
きっと、あったはずだと言い張る。
僕は、話を聞いていただろう王子に振る。
「そういうことだそうです」
「いや。 何も分からないんだが」
だよねー。
「この少年は『異世界』から来たのは間違いありません。 ただ、彼の世界で流行っていた物語では『異世界』に転移するのは神様の意思によるものであり、直接、神様から声を掛けられる場面があるとのことです」
まだ小学生高学年くらいだ。
大人たちに囲まれて「神様から転移させられた」と答えたことが、誰かが聞き間違えて「神の声を聞いた」ことにされたのだろう。
その後は「もういいや」っていう気持ちになったのは分かる。
「うむ、偽名は何故だ」
「おそらく彼は、元の世界の自分とは違う人間になりたかったのではないでしょうか」
本名じゃない時は別人格というか、自分ではない自分になれるんだよな。
ハンドルネームとか、源氏名とかさ。
「なるほどな」
第二王子は何度も頷く。
「謎が解けたところで、さて、この少年をどうすれば良いと思うかね?」
そう来るか。
「私としては、ティファニー殿下にお任せしたいと思います」
まだ責任者は彼女だ。
「分かった。 では、この少年は置いてゆく。 ティファニーに好きにして構わんと伝えてくれ」
「口約束はいけません」
モリヒトに契約書を取り出させた。




