第五百六十二話・『神眼』の効果と御遣い
ゴリグレン司祭は、国王がいる場所を見る。
王が頷いたことを確認し、手袋をした手で、ゆっくりと箱の中身を取り出した。
神官長が慌てて小さな盆を持って駆け寄る。
そっと置かれたのは布の小袋で、さらにその中から取り出す。
コトリ
静まり返った会場にゴリグレン司祭の声が響く。
「『神眼』よ。 これは『異世界の記憶を持つ者』の意思を確認する魔道具ですか」
『神眼』は光らない。
「本物です」と、サンテが呟く。
その声は思ったより広く強く、会場内に響き渡った。
一瞬、静かだった会場に「オオー、ウワー」と、声にならない声が反響する。
何故、ここに大切な魔道具が入っていたのかは謎だが、今の所有者が僕であることは間違いない。
僕が何故、中身が分かったのかって?。
だーかーらー、モリヒトならどこでも入れるんだよ。
僕は国王の前に進み出る。
「私はエテオールに住む者です。 あちらにはこの魔道具はキチンと継承されており、所在も確認されています。 もう一つ有っても混乱を招きますので」
僕はゴリグレン司祭を呼び寄せる。
「こちらの司祭様に所有権を譲渡いたします」
国王はホッとした顔で頷いた。
「この国の王として感謝する」
ワッと会場から拍手が起きた。
よく分からんが、これは好意的に受け取っていいのかな?。
「し、『神眼』など偽物に決まっている!。 こちらには『異世界人』にして『神の声』を聞く者がいるのだぞ」
宰相が喚く。
先ほどの黒髪の少年が、もう一度引き摺り出された。
「えっ、えっ」
少年は混乱している。
「さあ早く、『神の声』を聞くのだ!。 あいつらは嘘吐きの狼藉者だと神からの叱責を賜るのだ!」
「そんな無茶なこと言われてもー」
何やら、そんなことを言い合っているのが聞こえる。
サンテがスッと僕の傍に来た。
ようやく『鑑定』出来たらしい。
「彼は『異世界人』に間違いはありませんが、『神の声』を聞くという能力はありません」
と、言う。
才能にも、魔法属性にも、それらしいものは見当たらないそうだ。
僕は頷く。
モリヒトに合図を送る。
少年の襟首を掴んだモリヒトが、彼を舞台中央に立たせた。
「えっ、な、なに?。 ヒッ」
キョロキョロと周りを見回し、観客席の熱狂具合を見て腰を抜かす。
僕は歩きながら神像に問う。
「『神眼』よ、答えよ。 この者は真に『異世界人』であるか」
反応なし、つまり正解。
宰相がドヤ顔している。
「では、彼には『神の声』を聞く才能はあるか?」
僕は真下に立ち止まり、見上げる。
ピカッ
「オオーッ」と、どよめきの声が上がる。
宰相から「ぐぬぬ」と、声が漏れ出た。
そして、叫んだ。
「兵よ、こいつらを捕らえよ!。 神を侮辱する他国からの間者だ!。 この国を混乱させようとする暴徒の首謀者だ」
唾を飛ばして喚き散らす。
まーったく往生際が悪い。
僕が呆れていると、モリヒトがスッと僕の後ろに来た。
僕が着ていた、足元まで覆い隠したマントを脱がす。
「ん?」
中は真っ白な神官風の衣装である。
教会の儀式用にと、モリヒトが選んだ服だ。
モリヒトは、そのまま僕の後ろで跪く。
ザッとサンテが、リザーリス大使が、貴賓席の側妃親子が、マテオさんが最敬礼の礼を取る。
ティモシーさんが一歩前に出た。
「こちらのエルフ殿の姿は仮の姿。 アタト様は神の御遣い様、御本人であらせられます」
そう言って僕の方を向くと、皆と同じように跪いた。
は?。
何?、ここでも芝居しなきゃいけないの?。
ウンザリした顔を隠し、とりあえず僕は国王を睨む。
「宰相を捕らえよ」
「ハハーッ」
国王が慌てて兵に宰相を拘束させる。
「な、なにをする!」
「この男は私に暴動の罪を被せようとした。 モリヒト、こいつの荷物から銅板栞を取り出せ」
さっき小箱を取り出した時、僅かに栞の魔力が漏れ出た。
ガビーの魔力だ、間違いない。
『はい』
普通なら個人の魔法収納に他人は干渉出来ない。
ただ、結界の専門家であるモリヒトは、どこだろうと侵入可能。
宰相の胸元に手を入れて袋を引き摺り出し、中から栞を取り出す。
『ありました』
モリヒトは観客に見えるように掲げる。
「この銅板栞は、この国には一つしかない。 私がリザーリス大使の婚約者と名乗る男に渡した物だ。 しかし、その男はティファニー王女の城を襲った一味として宮殿の地下牢にいる」
それが、どういう意味か分かるか?。
「なんと!。 では、暴徒の一味と宰相が繋がっていたと?」
ゴリグレン様は、ちょっと態とらしいな。
「御遣い様、大変失礼いたしました!」
ゴリグレン司祭が大袈裟に跪くと、ズラシアス国の教会関係者すべてが跪く。
「神の御遣い様だと?。 な、なんということだ」
国王が慌てて席を離れようとした。
それを見たティファニー王女が声を荒げる。
「父王様!、何をなさっているのですか?」
ツカツカと父親の傍に近寄る。
「まさか。 お逃げになるわけではありませんよね?」
腕を掴み、僕の前に引き摺って来た。
「御遣い様、何卒お許しくださいませ。 お詫びに何でもいたします」
ふうん。 いいの?、そんなこと言って。
「神の憂いを晴らすため、今一度、教会の在り方を学び直すこと」
これは絶対だ。
「ハハーッ」
国王が土下座のように床に這いつくばる。
「それと、ここからは僕個人のお願いなんですが」
出来たらで良いので検討してほしいと話す。
まずはエンディとの約束である、ティファニー王女の保護だ。
「ティファニー王女を『異世界関係』事業から解任して頂き、エテオール国での修行を提案いたします」
ぶっちゃけ事業自体を潰したいところだけど、それをやったら失業者とか経済が混乱するだろう。
そんなことは怖くて出来ないよ。
「そうなった場合、ティモシーさん、あなたには王女専属の教育係を命じます」
「えっ」
王女の修行は教会でやってもらうつもりなので、護衛兼付き人をお願いする。
「わ、わたしですか?」
王女と見つめ合って真っ赤にならないでよ。
こっちまで恥ずかしくなるわ。
まあ、そんなに畏まらないで、留学程度と思ってくださいな。




