第五百六十一話・魔道具の真偽と箱
国王も思わず椅子から立ち上がる。
「『神眼』だと?」
ふふふ、観客には知らない者も多かろう。
僕は親切に説明する。
「実は、先ほど『神眼』の魔道具を設置させていただきました」
と、神像の胸を指差す。
「エテオールの神の御遣い様からお預かりして来た『神眼』は、文字通り『神の目』です。 誰が何を言おうと真実を暴きます」
僕は宰相が持ち込んだ魔道具のコインを指差し、
「これは『異世界の記憶を持つ者』の意思を確認する魔道具ですか?」
と、訊ねる。
再び、ピカッと光った。
「偽物ですね」
僕はゴリグレン司祭に頷いた。
サンテが視たところ、偽者のアレは誰に対しても反応する魔道具らしい。
「なんだって?!」
「偽物?、じゃあ今まで判断された者たちはどうなるんだ」
今度こそ、会場内が騒ぎになった。
「鎮まれ!」「立ち上がるな、座れ!」
宰相は兵士を使って人々を静かにさせる。
そして、ひとりの少年を舞台の上に押し出した。
「魔道具が偽物などと言い掛かりを付けても無駄だ。 こちらには『神の声』を聞く『異世界人』がいるのだからな」
宰相に紹介された黒い髪と目の少年。
チラリとサンテを見ると、その黒髪の『異世界人』の少年を睨むような目でじっと見ている。
必死に見極めようとしているが、まだ分からないようだ。
少し時間を稼ぐか。
「何か正統な魔道具があれば比較になりますね。 そうだ、宰相閣下は調べたい物があるのではないですか?」
この宰相、あまり他人を信用しないことで有名で、大切な物は持ち歩いているそうだ。
「調べたいモノだと?」
「ええ。 例えば、鍵は無いのに開かない箱ですとか?」
ギクッとしたのが分かる。
「何故、開かないのか。 理由が分かるかも知れませんよ」
そうすれば開くかも知れない、と言ってやる。
「ううっむ」
宰相の懐には魔法収納の袋がある。
嫌々ながら取り出した小箱。
螺鈿の美しい装飾が施され、誰でも一目で惹きつける魅力があった。
「それは!」
ひとりの女性が観客席を転がるように、駆け降りて来た。
「リザーリス大使?」
ティモシーさんが驚いて、つい名前を口にする。
ふふん、念には念をということで、呼び寄せておいたのさ。
ズラシアス国は移動魔法陣が各所にあるため、ある程度の貴族なら使える。
金なら「後払いで必ず払う」と言って無理矢理に超特急で呼び寄せた。
間に合って良かったよ。
「宰相閣下!。 それは我家に伝わる継承の箱ではありませんか。 何故、ここに?」
必死に舞台によじ登ろうとする彼女を、周りの観客たちが支えて上げてくれた。
彼らに礼を言った後、リザーリス大使は再び宰相に顔を向けた。
「それは我が兄ウスラートが持っていたものです。 暴徒に我が家が襲われた時に失われたと思っていたのに」
「な、なに。 これはある暴漢を捕えた時に押収したのだが、何せ中身が分からない故に所有者を特定出来ずに預かっていたのじゃ」
宰相はもっともらしい理由を語る。
「では、中身が判れば正統な持ち主にお返しくださるのですね」
僕が確認すると宰相は一瞬、嫌そうな顔をしたが、それでも頷いた。
「勿論だ」
言質は取ったぞ。
僕はリザーリス大使の手を取り、サンテの隣に立たせた。
「その箱を調べたが当主でなければ開かない。 しかし、当主でも開くことは出来なかったのだ」
宰相の言葉にリザーリス大使は首を傾げる。
「当主だった兄のウスラートにお会いになりましたの?。 それはいつのことでしょうか?」
おそらく処刑された貴族だと知っている者がいたのだろう。
客席でもコソコソと話し声がする。
「処刑前に会った」
その言葉に大使は訊き返す。
「処刑前にはもう、箱は宰相閣下の手元にあったということですの?」
それをウスラートに見せたというなら、開く可能性があると知っていたことになる。
「開かなかったのだから、そなたには関係ない!」
大使は唇を噛んで黙るしかなかった。
僕は、トンッとサンテの背中を押す。
集中していたサンテは、足元をふらつかせながら前に出た。
モリヒトがサンテの偽装を解く。
ズラシアスの貴族に多い金色の髪と青い目。
「彼は、この国の貴族ウスラート家の嫡男サンテリー様だそうです」
僕の声にどよめく会場。
「サンテリー!」
リザーリス大使はサンテに抱き付いた。
それを横目に僕は宰相に近寄る。
「小箱を彼に渡してみてくださいませんか?」
「中身が何か知っていなければ渡せない」
それはそうだ。
僕はリザーリス大使を見る。
泣きじゃくりながらサンテを抱き締める彼女に中身を訊ねたが、彼女は「知らない」と首を横に振った。
「困りましたな」
宰相のいやらしい笑みが不快だ。
「では、こうしませんか?。 サンテリーくんが開くことが出来れば、箱だけは彼に。 中身は」
僕はニコリと宰相を見る。
「当てた者に所持する権利がある、ということに」
宰相は顔を強張らせた。
「知っているのか、お前は」
お前呼ばわりは気に入らないな。
「いいえ。 ただ予想はつきます」
「お先にどうぞ」と発言を譲ったが、宰相は黙り込んで何も言わない。
「では、僕が先に答えます。 もし間違っていたら中身は貴方のモノだ」
間違っていたら、な。
宰相は頷き、僕は観客席に向かって宣言する。
「中身は『異世界の記憶を持つ者』の意思を確認する魔道具。 おそらく何十年も昔に教会から盗まれた本物」
「なんだと!」
騒つく会場内で一番大きな声は国王だった。
モリヒトが宰相から有無を言わさずに取り上げ、舞台の真ん中に持ち出す。
「サンテリー様、どうぞ」
前に出たサンテが箱を受け取ると、僕とモリヒトは後ろに下がった。
息を呑む観客たちの中、
「サンテ!」
と、声が響く。
「パメラ姫様」
応援しているのだろう。
グッと両手を握って顔を真っ赤にしている。
プッと笑い出したくなるのを、僕もサンテも堪えた。
緊張が解れたところで改めて箱を見る。
鍵穴はない。
サンテが蓋に手を乗せると、魔力がユラリと動いたのが分かった。
パカッと箱が開く。
僕はゴリグレン司祭にお願いして、確認してもらう。




