第五十六話・王子の都合とは何か
王子が驚いた顔をする。
「あの耳はエルフなのか?。 いや、顔はエルフらしくないな。 肌も黒いし、目の色も……やはり魔物か」
ブツブツと小さく呟いている。
まあ、何とでも言ってくれ。
僕のほうはサッサと用事を済ませたい。
ティモシーさんの隣に座った僕の後ろにはモリヒトが立つ。
王子の従者がお茶を淹れ、菓子を配り、毒味をする。
美味しかったのだろう。
嬉しそうに微笑んで、王子に頷いた。
僕の分はモリヒトがコーヒーをブラックで用意してくれている。
うーん、良い香り。
ティモシーさんが話し出すのを待っていたが、何か問題があるのか、なかなか会話が始まらない。
仕方ない。 ここは子供の特権を利用しよう。
「あのー、僕は人族のことはあまり知らないので、失礼なことを言ったら怒ってくださいね」
誰にというわけではなく、このテーブルに着いている全員の顔を見ながらニコニコと笑い、無邪気な子供を装う。
王子様に直接話し掛けるのは拙いかも知れないので、隣を向く。
「ティモシーさんは王子様とはお友達なんですか?」
名前が出てこないけど、まあいいや。
「ああ、エンデリゲン殿下とは騎士学校時代の同期だよ」
ティモシーさんの答えに王子も頷いている。
「王都って遠いんでしょう?。 そんな遠くからわざわざ会いに来てくれたんですね」
「うむ、王都から馬車で20日も掛かるのだぞ」
王子は子供の僕に大袈裟な身振りで話す。
「ほえー」
僕は驚いたフリをした。
20日か。
今まで人族の国とか、あまり興味がなかったので知らなかった。
王都は国土の中心に近い場所にあると聞いたから、この国は僕が思っていたより大きいようだ。
後で地図でも見せてもらおうかな。
「では、殿下はお友達のティモシーさんに何か大切な用事があって来られたんですね」
わざわざ20日間も掛かけて来たんだから。
「昔みたいにエンディで良いぞ。 ちっこいお前もな」
エンデリゲン王子が僕を見て、そう言うので頷く。
「ティモシーがどこにいるのか分からなくて調べたら、この辺境地にいると噂を聞いたのだ」
うんうん、だから何故、調べたの?。
単なる噂程度じゃ動けるはずがない。
ほら、ティモシーさんが嫌そうな顔してる。
「我の兄上、王太子殿下がそろそろ結婚しろと煩くてな。 同期で一番真面目だったティモシーの目利きなら納得してもらえるだろうと思って探していたのだ」
え、何それ。
何で一般人が王族の結婚に助言なんて出来ると思っているのか。
ティモシーさんが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「エンディ様、それは何度もお断りしたはずです。
私は貴族のご令嬢と接点は僅かしかございませんし、殿下にご紹介出来るような力もありませんので」
そうだね。
たぶん、今、隣にいるケイトリン嬢くらいだろうか。
ズズッと王子が音を立ててお茶を啜る。
「なあ、坊主」
僕のことか?。 段々と王子の話し方が崩れてきている。
「自分の利益のために親族の娘を連れて来るジジイより、我のために平民の視点から見ても大丈夫だという令嬢を推薦してもらった方が良いと思わないか?」
えええ……この王子様、本気で言ってるのかな。
「偉い人には、その身分に合った伴侶が必要なのでしょう?。
王族でしたら、それなりの家柄の相手から話があるのは当然でー」
「があああー。 こんな子供まで正論で我を虐めるのか!。
それが嫌だから探してるっていうのに」
いやいや、それは違うだろ。
王子なら大人しく周りに従っておけよ。
僕はケイトリン嬢を見る。
ご領主の体調不良は嘘っぽいな。
単なる予想だけど、王子が伴侶探しをしていると聞いて、誰かがケイトリン嬢を推しているのでは?。
いや、何か違う方向から圧力があったとみるべきかな。
「ティモシーさん。 王子様って絶対結婚しなきゃいけないの?」
「あ、ああ。 王族の血統を絶やさないために増やすことは義務だろうな」
「へえ、大変なんだね」
目の前の王子もウンウンと頷いている。
「じゃあ、今、王族は何人いらっしゃるの?」
大人たちが全員「んー」と考え込む。
え、ちょっと待て。 王族の従者や護衛まで即答出来ないってどういうことよ。
「我は七人兄弟だ。 兄上が三人、姉上が二人、弟が一人」
国王になると正妃も側妃もいるのが普通らしい。
兄姉は全て結婚しているし、長兄の王太子には既に子供が二人もいるらしいから、十分じゃないかな。
「まだ必要なんですか?」
コテンと首を傾げて見せた。
いくら魔獣被害がある世界でも、多過ぎるのは無駄な諍いの元になりそうだけど。
「我の意見など誰も聞く耳を持たぬ。 ただ、生涯の伴侶くらい自分で選びたいだけだ」
その割にティモシーさんに選べって言ってるよね。
僕はティモシーさんと王子を見比べた。
「そっかー。 エンディ殿下とティモシーさんは同じ独身仲間だもんね!」
ブフォ
ティモシーさん、汚いよ。
「私は良いんです、平民ですから!」
「えー、ご家族は心配してるんじゃない?」
僕の言葉にティモシーさんは顔を顰め、王子は嬉しそうに笑う。
「あははは。 その通りだ、坊主」
でも、それだけじゃないんだよな。
それと。
「もしかしたら、教会か、もしくは『異世界の記憶を持つ者』に関係があるんでしょうか?」
そうでなければ、ティモシーさんが逃げ回ることなんてなかったはずだ。
僕は口元を少し歪めて、じっと王子を見る。
目を見開いて驚く王子。
ゴクリと息を呑む音がする。
しばらくして王子が口を開く。
「……だとしたら、どう思う?。 坊主の意見が聞きたいな」
子供の意見など聞いてどうするのやら。
「そうですね。 王子がどうされたいか、によりますが」
僕はチラリとティモシーさんを見る。
言っても良いのかな?。
「エンディ殿下は、すでに心に決めた方がいらっしゃって」
その人以外はどうでもいいし、出来るなら誰とも結婚はしたくない。
「生涯独身でも構わないとお考えなのでは?」
ティモシーさんの顔色が悪い。
王子は黙ったまま、僕を見ている。
あのさ、僕は男同士で見つめ合う趣味はないんだが?。




