第五百五十七話・儀式の準備と容疑
ゴリグレン様から頼まれた司祭の青年は、実は単なる神官見習いだった。
なんか違和感があったんだよ。
司祭にしては若過ぎだし、高位貴族にしては貴族らしくない感じがした。
「いえ、あの、一応は遠縁ですが貴族ではありまして」
後継ではない中位貴族家の男子で光魔法の属性持ち。
幼い頃から教会で育ち、貴族らしい教育を受けてこなかったという。
ゴリグレン様の両親が亡くなった葬儀の集まりに参加していた時に、司祭職をどうするかという話題になり。
「自分の親がゴリグレン様のお役に立ちたいと、まだ神官見習いの私を売り込んだのです」
この国でも神官見習いの厳しさは変わらないようで、彼も修行から逃れたいがために協力してしまったそうだ。
「それは別に構わないと思いますよ」
誰にも迷惑掛かってないし、ゴリグレン様は助かったわけだしね。
僕としては公開して断罪するつもりはない。
「ありがとうございます」
ホッとした顔の司祭代理。
魔道具の試験にはなったので、まあいいだろう。
司祭の青年には、教会側へ準備完了の知らせをお願いした。
彼が出て行った後、サンテの話を聞く。
「どうだった?」
「はあ、やはり人間はクズしかいないな、と思いました」
イヤミか。
「あはは」と、2人で苦笑する。
「でも、彼の信仰心は本物でしたよ」
神職者に最も必要なものは持っていたらしい。
そうか、いい事聞いた。
バタバタと周りで準備が始まる。
廊下の窓の覆いが外され、歩いている人々の姿が見え始めた。
ポツポツと会場に入って来る見物人もいる。
「移動しようか」
僕たちは打ち合わせ通りに舞台袖の控え室に向かう。
儀式が始まるまで、そこで待機する予定だ。
出演者の待機用の部屋は、明るく、上品な作りになっていた。
「神官長室もこれくらいの装飾は必要だと思うがなあ」
清廉といえば聞こえはいいが、正直質素過ぎる。
外部から来る者と、教会内部の者の扱いがかなり違うということだろう。
ソファに座り、モリヒトがお茶を淹れてくれる。
ついでに早めの昼食も摂ることにした。
「そうだ、サンテ。 昨日の『異世界関係者』の聞き取りはどうだった?」
忙しくて忘れていたが、ティファニー王女の城に居る彼らの事情を訊いている。
「あー」
サンテはモリヒトを見る。
『私が大切にお預かりしていますよ』
モリヒトが、そう言って何枚かのメモ紙を取り出してサンテに渡す。
「ありがとうございます」
サンテはそれを受け取り、そのまま僕に渡してくる。
パラパラと目を通した。
最初に名乗った名前があり、それに『異世界』に関係する部分が続く。
『異世界人』や『記憶を持つ者』本人はいなかった。
全て家族や子孫。
「無理矢理過ぎるだろ」
遠い親戚、何代も後の子孫なんて、もう『異世界』とは関係ない。
本人にはなんの才能もなく、ただ伝え聞いた話や引き継いだ品物があるだけ。
配偶者に至っては、この世界で生まれた者でしかない。
「それだけで優遇されて支度金がもらえるなら、ってことで保護されたのか」
しかも、支度金制度が若年ほど高額なので、ここにいる人たちは皆、子供の頃に親元を離れて国の施設に入っていた。
僕が顔を顰めていると、サンテは付け加える。
「国の使者より、周りからの圧力がすごかったみたいです」
近所、親戚の類いからの密告や、でっち上げもかなりあったらしい。
認定さえされれば、邪魔者はいなくなるからな。
「何故、そこまでして『異世界関係者』を集める必要があるんだ」
僕には理解出来ない。
メモには、サンテの視たものが書き加えられている。
多くは残された家族への心配と、将来や暴漢に対する不安。
処刑された貴族家から逃げたと言われている仲間たちの心配。
そして僕からの質問に対しての思い。
「あまりこの国に対する未練というか、愛着はないなあ」
自由になれるならなりたいが、この国では難しい。
ならばいっそ他の土地に行くのもあり、だと考えている者が多かった。
これに関しては王女の許可があれば、サンテの父親と共に移動させようと思っている。
「そういえば、昨夜連れて来た連中の意思も確認しないと」
彼らは逃亡したことになっていて、もし捕まっても、また同じような『異世界関係者』の農園などで働くことになるだけだ。
元雇い主と一緒に国を去るのもヨシ、残ってまた違う『異世界関係者』の元で働いてもヨシ。
好きにしたらいいさ。
「分かりました。 戻り次第、確認します」
頼んだよ。
昼食はモリヒトがエテオールを出る時に辺境伯邸でもらった弁当を出してくれた。
こっちに来てから久しぶりの味だったので美味しく頂いていると、扉が叩かれる。
「失礼するよ。 司祭に訊いたら、アタト殿はこちらだと言われてね」
ゴリグレン様だ。
僕たちは立ち上がり礼を取る。
「お疲れ様でした。 宮殿のほうはいかがでしたか?」
あまり時間もないので単刀直入に訊ねる。
「ふふふ。 聞きたいかね?」
嬉しそうな顔を見れば分かる。
「ぜひ」
付き合いも大事だよ。
万事、計画通りに進み、宮殿地下にあった施設に乗り込むことが出来たそうだ。
ただ。
「思いの外、騒ぎになってな。 陛下の耳にも入ったようだ」
国王の命令で管理者が取り押さえられ、調査が始まった。
「え。 それじゃー」
拙いんじゃね?。
認定の儀式を宮殿でやる、とか言わないよな。
「陛下は宰相閣下と一緒に、こちらにいらっしゃるそうだ」
ティファニー王女に直接、会って話を聞くために。
僕は「ヒェッ」と、小さく声が漏れる。
背中に冷たいものが流れた気がした。
「大丈夫だよ、アタト殿。 陛下は公平なお方だ」
きちんと話をきいてくださると言うが、僕には信じられない。
エテオールと違い、大国であるズラシアス。
ここまで教会を蔑ろにしている国の最高権力者である。
『アタト様、ご心配いりません。 私がついておりますので』
いやいや、逆に何かやらかしそうで、モリヒトの笑顔が怖い。
でもまぁ、いいか。
「誰が来ようと計画に変更はありません」
やれるだけやるさ。
ダメな時はモリヒト、頼む。




