第五百五十二話・作戦の嬉しい誤算
あけましておめでとうございます
よろしければ、今年もお付き合いくださいませ
僕は人族ではない。
眷属精霊を持つ精霊魔法師のダークエルフである。
普通の人間には出来ないことが出来る。
「流れは分かってもらえました?」
これから僕がやろうとしていることを順を追って説明してみたが、皆、固まってるな。
「えっと、それは本当に可能なのか?」
ゴリグレン様が額に片手を当てたまま唸る。
「はい。 ご説明した通りです」
「それを、本当に、ひとりで?」
目だけがギロリと僕に向けられた。
案外疑り深い人だな。
ああ。 僕がパメラ姫と同じ年頃の子供だから、心配してくれているのだ。
「何か協力出来ることはないか」
とまで言ってくれる。
優しいオジサンだ。
というか、ズラシアス国の者たちは皆、信じられないという顔をしていた。
逆に、エテオール側は誰ひとり驚いていない。
「アタト様なら間違いなく出来るでしょうね」
ティモシーさんの謎の信頼。
「ええ。 今回は黙ってやらないだけ、他国だから気を使ってますね」
サンテ、それは褒めてるのか?。
「とにかく。 明日、夜明け前から作戦を開始します」
日中にやらないのは見つからないようにするためと、教会に出掛ける直前の宰相側に動揺を与えるためである。
まずは捕らわれている貴族の救出。
宮殿の地下から連れ出し、ここに運び込む。
それと同時に、この城の地下牢にいる暴漢たちを入れ替わりに置いて来るつもりだ。
リザーリス大使の婚約者の高位貴族もな。
「出来れば、そこでゴリグレン様に動いてもらえると助かりますが」
ご協力いただけるらしいので勝手に役割を振る。
「私かね」
驚いた顔はするが、嫌がってはいない。
協力したいという気持ちは嘘ではなさそうだ。
「ご本人でなくても結構ですので、誰かを宮殿に行かせ、高位貴族が牢で見つかったと騒ぎ立ててもらいたいのです」
宮殿側が隠蔽しようとするかも知れないので。
「ならば、私が出向いた方がよかろう。 高位貴族でなければ騒いだ者は斬り捨てられるぞ」
うわあ、物騒だな。
「しかし、理由が必要だな」
何故、宮殿の地下に入るのか。
その理由がなければ警備兵に止められて終わりだ。
まあ、ゴリグレン様なら無理矢理にでもやってくれそうだが。
静かに聞いていた側妃が口を開く。
「それなら」
ゆっくりと僕とゴリグレン様を見比べる。
「御神託があったと仰ればいかがでしょう」
昨日から行方不明になっている高位貴族がいる。
「その方がこの辺りに居ると、神の声を聞いたことにするのです」
この城に捕らわれたままになっているアイツだ。
そいつは明日、僕が宮殿地下に放り込む。
うん。 間違いなく居るので真実の声を聞いたことになるな。
「しかし、御神託は神職でなければ聞けないのではありませんか?」
エテオールでは、御神託を授かるのは神官長か司祭ということになっている。
ティモシーさんが問うと、側妃は微笑みを深くした。
「ゴリグレン家は、代々、司祭の家系ですのよ」
ほお?。
なので、国王からの信頼も厚く、他国に嫁ぐ娘を預かることも出来る家柄なのだという。
ゴリグレン様も頷く。
「ああ、御神託なら授かる可能性はある。 私は時折、早朝に教会に行って祈りを捧げているからな。 そこで何かを聞いたと言うことは出来るぞ」
信心深い方だった。
嬉しい誤算というやつである。
現在、教会に出入りしている司祭はゴリグレン家の分家だという。
なにしろゴリグレン様は両親を亡くし、跡を継いだばかりだ。
色々と忙しくて司祭職は代理の者に頼んでいた。
「それはきっとパメラ姫様もゴリグレン様を見直すでしょうね」
役に立ったという意味で。
「そ、そうかな」
嬉しそうで何よりだ。
救出した一行は一旦、こちらの倉庫で預かってもらい、『異世界関係者』により事情説明と健康診断をお願いする。
「その後はどうされるのですか?」
王女が心配そうに訊ねる。
「一応、本人たちの意思を確認した後、出国希望の方々のみ移動して頂きます」
「どちらに?」
僕は、その質問にはニヤリと笑うだけだ。
「ティファニー殿下にご迷惑をお掛けるわけには参りませんので、早めに退去いたします」
王女に対して礼を取り、それ以上は詮索無用とした。
教会への仕込みについては、僕とモリヒト、サンテで午前中に終わらせる。
「仕込みとは何だね?」
「コレです」
サンテがテーブルに広げて見せてくれる。
新聞片面ほどの大きさの上質紙に墨で描かれた、人間の片目。
額はモリヒトに急遽作ってもらったので石膏である。
サンテの魔法を込めた魔石が嵌め込まれていた。
「これは?」
王女が首を傾げて訊ねる。
「『神眼』という魔道具です」
『真偽』を判定する魔法は、どの国の教会でも一般的に利用されていて、『神眼』はその最上位魔法に当たる。
「これを『異世界の記憶を持つ者』認定の儀式の壁に掲げておきます」
「えっ」
僕と一緒に作ったサンテ以外が絶句する。
「それはさすがに……」
ティファニー王女の顔色が悪い。
「あー」とティモシーさんが気の抜けた声を出す。
「大丈夫ですよ、ティファニー殿下。 これは『本物』ですから」
「どういう意味ですの?」
ティモシーさんが大袈裟にコホンと咳をする。
「我が国に神の御遣い様が姿を現されたことはご存知でしょう?」
ズラシアス国側は顔を見合わせる。
「話には聞いておりますが」
護衛の爺さんは眉唾だと思っているらしい。
ウンウン、それは仕方ないね。
たぶん偽者だし。
「これはおそらく、その御遣い様からアタトくんが預かっていたのでしょう」
はあ?。
僕まで首を傾げる。
教会関係者であるティモシーさんは話を続けた。
「今回、こちらの国に来た理由の一つに『異世界の記憶を持つ者』の意思を確認する魔道具の利用が適切に行われているのか、という問題がありました」
えー、そんなのあったっけ。
眉を顰める僕にティモシーさんはニコリと微笑む。
「神の御遣い様は、この『神眼』で確かめよ、と仰せなのです」
全ては御遣いを通じて示される神の意志である。
「それは、まあ、そうかも」
否定出来ず、僕は曖昧に笑うしかなかった。




