第五百四十五話・教会の儀式の依頼
朝になり、魔力を使い切って寝たサンテが目を覚ます。
ごめん、起きた気配は分かってたけど、ちょっと取り込み中だ。
『おはようございます、サンテリー様。 しばらくお待ちください。 アタト様は朝の祈りの最中ですので』
「あ、はい。 分かりました」
珍しいモリヒトの静かな慈愛に溢れた声色に、サンテは素直に頷く。
ありがとう、もう少しで終わる。
朝の光が射す部屋の中、僕は小型の神社に手を合わせ続けた。
この世界の者にすれば何かの箱に向かって祈っているようにしか見えない。
だが、内容はボロクソにこの国をこき下ろしていることは聞こえないだろう。
まったく、なんだってこんなに拗れてるんだ。
ブツブツ。
とりあえず、今日の行動が恙無く終わるように頼んでおいた。
あまり滞在時間がないので、ゆっくり進行は出来ない。
ちゃっちゃっと済ませたいんだよ。
「ふう」
真剣にやると結構疲れる。
「待たせてすまない」
「ううん。 こちらこそ、邪魔してごめん」
ん?、邪魔ではないけど。
「気にするな。 それより、朝食にしよう」
モリヒトが用意してくれた朝食を食べながら、本日の予定をまとめる。
「おれは引き続きパメラ姫様の護衛と魔力の訓練ですね」
「ああ、頼む。 パメラ姫のことが気になるなら、パメラ姫に集中して深く観察して視るのもいいかもしれない」
今はただ、魔法を使い倒して魔力を上げることが重要だ。
「分かりました。 がんばります」
「あー、倒れない程度でいいからな?」
昨夜は見事に魔力切れで倒れたからな。
「へへっ」
サンテは笑って誤魔化す。
扉が叩かれる。
「失礼します」
と、食後のお茶中に入って来たのはキランだった。
「やはりサンテはこちらでしたか。 パメラ姫様がお探しです」
「はい、すみません。 すぐに戻ります」
僕に礼をして、サンテは着替えるために部屋へ戻って行った。
残ったキランにお茶を勧めてみる。
「ありがとうございます、頂きます」
久しぶりにじっくりと顔を見る。
「忙しい?」
「はい。 そこそこ」
キランは、今回は僕からの依頼ではなく、エテオール国からの依頼で動いていた。
あまり彼の仕事には口を出さないようにしているが、こちらにも都合というものがある。
「パメラ姫の様子はどう?」
「そうですね。 あの年頃のお嬢様としては我慢なさっているほうでしょうね」
フゥッと2人同時にため息が漏れた。
「でもパメラ姫様は幸運でいらっしゃいます。 何があってもアタト様がなんとかして下さいますから」
おいおい、ハードル上げんな。
まあ、なんとかするけども。
僕はティファニー王女を連れて教会を訪れた。
護衛はティモシーさんとモリヒトだけ。
極秘の訪問である。
玄関を通らず、いきなり教会の奥の通路に出現。
「こ、これはっ、ティファニー王女殿下!」
驚かせてすまん。
ティファニー王女が早いほうが良いって言うんでな。
「神官長と司祭様にお取次をお願いいたします」
教会ではぼくには何の権限もないので、全てティモシーさんが中心になる。
「どうぞ、こちらに」
神官長の質素な応接室で待つこと1時間ほど。
「お待たせ致しました!」
先日、会った神官長と、派手な司祭服の青年が入って来た。
「いえ、こちらこそ急に訪問致しまして。 ティファニー王女殿下がお二人にお話ししたいと仰っるので、お願いに参りました」
「わ、我々にですか?」
若い司祭は困った顔をする。
「申し訳ございませんが、私は司祭といっても任命されたばかりで、まだ何も分からない若輩者ですが」
それは聞いている。
平民たちから暴動が起きそうになると、サッサと逃げて自分の屋敷に閉じこもった司祭役がいた。
この青年は押し付けられた司祭である。
「難しいお話ではございません」
僕はエテオールの代表として、子供の無邪気さを全面に押し出してお願いする。
「滞在中のエテオール王国第七王女、パーメラシア殿下が大変な教会好きでいらっしゃいまして、是非、見学したいと申しております」
すぐにティファニー王女が僕の言葉を引き継ぐ。
「パーメラシア様の滞在はあと三日。 早急にお願いに伺った次第ですわ」
神官長と司祭は顔を見合わせる。
「それは願ってもない名誉なことでございます」
教会の権威を少しでも取り戻したい神官長は喜んで引き受ける。
「それで、これは提案なのですが」
ティモシーさんがニコリと笑う。
「ただ見学するのはつまらないとパーメラシア殿下が仰っていまして。 近々、こちらの国で『異世界人認定』の儀式があるとか。 是非、そちらを拝見させて頂きたいと申しております」
「えっ」と、司祭は固まる。
僕は1枚の紙を2人の前に置く。
教会から公布するために必要なティファニー王女の署名入りの書類である。
「いつもは宮殿で行っているのですが、ここで民衆にもどういった過程で行われるのか、見て頂きたいと思いまして、お引き受けいたしました」
ティファニー王女が「もう決めた」と話す。
「待って下さい!、そんな急に」
「わたくし、これから宮殿に向かいます。 宰相殿や係官から許可を得ましたら、場所を貸して頂けるかしら?」
「そ、それは勿論。 宰相様が良いと仰るなら」
司祭の青年の声はボソボソと小さいが言質は取った。
「ありがとうございます」
ティモシーさんが騎士の礼を取る。
では、サッサと退室しよう。
「それではお返事、お待ちしておりますわ」
ティファニー王女がダメ押しし、モリヒトの移動結界で一旦、王女の城に戻った。
フゥッとティモシーさんが肩を上下させる。
「下っ端の警備隊騎士にはキツいですよ、アタトくん」
あはは、まだまだこれからだというのに、何言ってんの。
「では、宮殿の方は頼みますね」
「分かりました」
後は、ティファニー王女の護衛である父娘に引き継ぐ。
馬車を仕立て、王女一行は城に向かって行った。
「ティファニー王女だけで大丈夫かな」
さっき弱音を吐いたばかりの騎士が呟く。
「彼女は王族ですし、多少の無理は通せますよ」
暴動を起こしたいなら、ここで王女に何かあっては拙いはずだしな。




