第五百四十四話・明日の予定と準備
話し合いの結果。
ティファニー王女には、次回の『異世界の記憶を持つ者』認定を教会にて公開で行う手配をお願いした。
教会との交渉にはティモシーさんを貸し出す。
「なんでもお申し付けください」
「は、はい。 よろしくお願いいたしましゅ」
あ、噛んだ。
騎士らしい礼を取るティモシーさんに、何故かドギマギする王女。
ん、そーなの?。
あんまり気付かなかったけど、まあ、お年頃だし。
いいんじゃないかな。
ズラシアスの『異世界関係者』たちには、魔石の消費量の増加量の把握と、魔獣狩りに駆り出されている者の名簿作りを頼んだ。
ある程度は出来上がっているそうで助かる。
「あははは。 元々の世界でも社畜だったから」
と、言われて苦笑するしかなかった。
お互い、どこへ行っても苦労するな。
エテオール側としては、基本的に何もすることはないが。
「母上様に話さないと」
ヤキモキするパメラ姫に、僕は微笑む。
「手紙を書いて届けて頂きましょう」
話し合いたいと思えば、向こうから来るだろう。
そして祖父母の商会の問題。
「マテオさん、一緒に行ってもらえますか?」
「はい」
こちらはアタト商会とマテオさんの所属するトーレイス商会が何とか出来るのか探ることにした。
力を貸しても無駄なら諦めることも重要だ。
商売は結局、損得がはっきりしないと進まない。
「うまく取り引き出来るといいんですがねー」
マテオさんも心配そうだ。
「そうですね」
不安定な国内状況も影響している。
そこをどうするのか、問題だな。
真夜中、人が寝静まる頃、サンテが部屋に来た。
「遅れてすみません」
「いや、サンテのせいじゃないし」
パメラ姫がずいぶん懐いているので、引き離すのに時間がかかったようだ。
生まれて初めての他国。
まだ10歳くらいの少女には、なかなか過酷な状態だろう。
母親や侍女も傍にいないからな。
その分、キランにがんばってもらっているが、何しろいつもとは状況が異なる。
お互いに戸惑っている毎日だ。
「パメラ姫様はどうされるのでしょう」
書道の準備をしながら、サンテがポツリと溢す。
「さあな。 本人が決めることだ」
順当にいけば、全員で帰るのが一番いい。
だが、ゴルグレン様はパトリシア様を離さないし、出来ればパーメラシアとも一緒にいたいと思っている。
「アタトとしては、どうなるのが一番良い?」
ふむ。
敬語を使わないということは、友人として本心を知りたいってことか。
いいだろ。
僕は室内だけに盗聴防止結界を張る。
「まあ、ハッキリ言えば、僕はどっちでもいい」
墨を硯で磨りながら、サンテは顔を顰める。
「それは答えにならないよ」
ふむ、そうかい。
選ぶのは本人だ、それは変わらない。
「パメラ姫が帰りたいと願えばエテオールに、母親といたいと願えば、事情を詳しく書いた書状をもらって置いて行くさ」
だけど。
「僕としては、パメラ姫もパトリシア側妃も連れて帰るのが一番いいと思ってる」
国内状態の悪い国にエテオール国の人間を残して行くのは心配だし、側妃もまだ公式にはエテオールからの客として来ているからな。
何かあれば、国同士の問題になる。
「そっか」
サンテは墨を磨り続ける。
「そっちはどうだ?。 いろんなモノを見て、少しは魔力は上がってるかな」
「う、うん」
サンテの手が止まる。
「正直、パメラ姫様といると、そっちが気になって他の人たちを鑑定出来なくて」
困っているらしい。
しかし、それでは予定が狂う。
早く『異世界の記憶を持つ者』の意思を読めるようになってもらわないといけない。
「『鑑定』自体はどれくらい視える?」
「んー。 パッと見て大体のことは分かる。 後、集中して視ると、かなりの確率で詳しく分かるようにはなったよ」
ふむ。
「モリヒト、魔石をくれ」
『魔道具用ですね。 はい、どうぞ』
すでに魔法を込めやすくした魔石が出て来た。
あまり小さいものや形が歪だと、魔力がうまく乗らずに魔法が発動しないのだ。
「ありがとう」
墨を磨り終わったサンテにそれを渡す。
「集中して、自分が最高だと思う状態で魔法を込めてみろ」
僕やモリヒトは日常的にやってるが、サンテは初めてだろう。
「大丈夫、気楽にな」
完璧なんて求めていない。
サンテにはそう言って、僕は自分の作業に入る。
荷物から取り出したのは、エテオール王都の魔道具店で見つけた紙だ。
手触りは最高品質、白さも満足できる。
厚みもあり裂けにくい。
ここにガビーにでも絵を描かせれば国宝級になるんだろうが、今はそんな時間もない。
「さて、文字を何にするか」
それが問題だ。
この世界の文字はアルファベットに近い。
日本語のように文字に力を込められないのが残念だ。
まあ、ここで漢字なんて書いたら『異世界人』認定まっしぐらになる。
書道なんてやってる時点で怪しさ満点だが、そこはエテオールのエルフ族の文化とでも言って誤魔化すつもりだ。
ガビーのように絵に魔力を乗せられたらいいが、僕には無理だし。
「絵か」
辺境地で町に溢れていたのは文字ではなかった。
標識や店の看板、説明書。
大人でも識字率があまり高くないからだ。
そんな者たちでも店の内容が分かるように描かれた看板を思い出す。
「そうか、文字でなくてもいいな」
ここはエテオールではない。
同じ文字や言葉を使っていても意味が違う場合だってある。
僕は下敷きに置いた練習用の紙に、いくつかの絵を描いていく。
なんとなく掴めそうになった頃、サンテがバタンッと倒れた。
『魔力を使い切ったようですね』
僕とモリヒトは顔を見合わせて苦笑する。
「ありがとう、サンテ。 僕のベッドに寝かせておいてくれ」
『はい、承知いたしました』
そしてモリヒトと2人で完成させる。
「どうだ?」
『問題ないかと』
ニヤリと僕の口元が歪む。
僕たちはサンテの『真偽』の最高魔力の魔法を使い、紙に反映した。
『目』だけの絵である。
発言が虚偽の場合と真実の場合で変化する瞳を描いた。
『明日、商店街で額を購入いたしましょう』
「頼む」
ふああー、疲れた。
僕はサンテと並んで寝た。




