第五百四十三話・大国の政策の不備
思ったより、大国の『異世界関係者』の保護がヤバいのは分かった。
「子孫や家族まで保護されている意味が分かりました」
つまり、世間的に憧れる『異世界関係者保護』は犯罪者の逮捕と一緒だということだ。
施設で働いていても、家には帰れない上に結果を出さなければ「役立たず」と蔑まれる。
残された家族は妬みや集りから逃げることになるので、結局は一緒に保護された方が楽になる場合もあるらしい。
「じゃあ、教会は何をしているんですか?」
ティモシーさんがちょっと怒ってる。
そうだよなあ。
国や王族によって『異世界関係の知識』が独占され、彼らが搾取されている現状を、何故、教会は放置しているのか。
「そこはわたくしにも分かりません」
ティファニー王女は目を伏せた。
僕はチラリとモリヒトを見る。
「精霊なら、何か感じるんじゃない?。 小国エテオールと大国ズラシアスの違いが」
国土や人口ではない。
人々がここまで争い、お互いに我が儘をぶつけている。
それを放置している教会について、精霊たちはどう思っているのか。
『そうですね、一つは便利になりすぎたのでしょう』
本来ならば必要のないものが生み出された。
機械、道具、食料などに『異世界の知識』が入り込んでいる。
『異世界の魔力を持たない者たちが、普段の生活をより安全に、楽にしようとした結果です』
ふうん、そういう認識なんだ。
例えば、小麦挽きは人力、または水力により石臼を使って行われていた。
それが彼らからもたらされた器具により、魔石を動力とするものに置き換わる。
それで何が変わったのか。
大きな違いは魔石の消費量である。
「一つお聞きしますが、『異世界関係者』の皆さん。 若者はいないのですか?」
心当たりがある者はハッとして目を逸らす。
僕はティファニー王女の顔をじっと見た。
「あの、彼らは、遠方に。 魔獣の被害に遭っている方々からの要請で、助けに行きました」
「ええ、それは大切な仕事ですね」
だけど。
「便利な道具は魔石という動力が必要不可欠。 もしかしたら、魔石の供給不足が深刻なのではないですか?」
「はあ?」「えっ」
ズラシアス側は顔を顰め、エテオール側は顔を見合わせる。
だから若者たちは魔石集めという、危ない魔獣狩りに駆り出されているのではないか。
こちらに来た時に見た『移動魔法陣』の建物群。
あれ全てに魔法陣が設置されているなら、莫大な量の魔力、そして、魔素を取り込んで魔力を生み出す魔石が必要になるはずだ。
「1人の人間が保有する魔力には限界があります。 空になれば、また十分に使えるようになるまで時間がかかる」
魔石なら、勝手にそこら辺から魔素を集めて来て魔力を作ってくれる。
だが、人間と同じで、年が経てば劣化する。
大きな魔道具を動かすためには、たくさんの人員、または常に新しい魔石が必要になるのだ。
「『異世界関係』の若者たちにどんな才能があるのか知りませんが、彼らを狩りの最前線に使っているのではないですか?」
確かに過去には『勇者』や『英雄』と呼ばれた戦いに特化した『異世界人』が居た。
魔力を効率よく使う『賢者』や強力な魔法を使う『大魔法使い』も『異世界の記憶を持つ者』には居た。
そういった『異世界関係者』の話は、各国に共通の資料として教会に納められている。
しかし、彼らは晩年どんな扱いを受けたか。
「彼らの力を過信して他国を侵略したり、強くなり過ぎた彼らを処刑した逸話。 あなた方は忘れたのですか?」
ティモシーさんの怒りは、この国の王女に向けられていた。
「わたくしも、この政策は間違っているのでは、と何度も思いました。 ですが、これを今、変えることが出来ないのです」
国民が不便な生活に戻ることも、『異世界関係者』の優遇措置を止めることも。
「どうして?」
僕は首を傾げる。
「間違っているなら直さないといけないよね」
「ですが、民から不満の声が」
「現状でも不満なんでしょ?」
貴族の屋敷を襲うくらいに。
王女は黙り込む。
人間の欲には限りがないと、僕はため息を吐く。
「あのさ。 いきなり止めなくてもいいんですよ」
少しずつ、段階を踏んで、意識を変えて行く必要があるだろう。
そこは国の偉い人たちが考えることだから、僕は手を出すつもりはない。
「僕たちに手伝えることがあるとすれば」
まず、『異世界人』と『異世界の記憶を持つ者』たちの確認の場を教会に戻すこと、かな。
「何故ですか?」
王女が訊いてくる。
「教会が抑止力になることが必要だからです」
王族と官僚で決められた『異世界関係者』が本物かどうかの見極めは、民衆には分からない。
「また近いうちに認定があるそうですが、どこでですか?。 そこには何人ほどいますか?」
「宮殿の一室です。 立ち会いはわたくしと宰相と、係官が2名ほど。 そして神の声を聞くという『異世界人』の青年です」
なるほど、それは誤魔化し放題だな。
「王女にお願いがあります。 僕たちが滞在中にその認定を見学したいと言ってる。 そのため、早急に教会広間で行うと公布してください」
王女は目を瞬く。
「あ、あの、打診ではなく公布ですの?」
僕は頷く。
「官僚側に打診すると共に、王女として教会から公布してもらうのです」
エテオールが弱いなら、エルフ族の代表という僕たちの我が儘だということにしてもいい。
精霊という、神に近い種族がいるこちらの方が神職より立場は上だ。
「わ、分かりました。 すぐに手配いいたします」
ズラシアス側がバタバタと動き出す。
その間、エテオール側はこの城に滞在させてもらうことにした。
宿はちょっと危ないと思うのでね。
「ゴリグレン家にいるパトリシア様なら大丈夫だろう」
初恋を拗らせた高位貴族が全力で守るだろうし。
問題はパメラ姫の祖父母の魔道具商会である。
後で様子を見に行くか。
「お祖父様の店が危ないんですの?」
「魔道具があっても使えない不満が溜まってきているのですよ」
それを煽っている連中は間違いなく反王女派だ。
王女派の商店や貴族が危ない。




