第五十四話・魔力の制御はイマイチ
僕としては、ヨシローを一分一秒でもここに置いておきたくなかった。
何がきっかけで僕が『異世界の記憶を持つ者』の一人である、と知られてしまうか分からない。
「さっさと片を付けましょうよ」
ティモシーさんたちを監視していた者たちからの知らせは、もうとっくに王子の耳に入っているだろう。
「王子様ご一行は領主館に滞在ですか?」
「あ、ああ」
これ以上、あの気弱そうな領主に迷惑を掛けるのも気の毒だ。
「申し訳ありませんが」
僕はヨシローさんの喫茶店を貸し切ることを提案した。
そこで王子とティモシーさんを会わせるのだ。
「いや、しかし、相手の出方が分からない」
うん、そうだよね。 だからティモシーさんは逃げ回っているんだろう。
相手は王族。
王子自身に害意は無くても、同行している兵士や側近たちがどういった行動に出るか分からない。
既に二人は魔獣をけしかけられている。
最悪、領主親子やワルワさんにまで危害が及ぶのは困る。
だけど、当日はモリヒトを貸し出すので安心して欲しい。
「防御結界を展開させて、王子の配下の者たちには手を出させません」
モリヒトが頷く。
「きちんと話し合いをして、早急に解決しましょう」
ニコリと笑って見せる。
「あ、ああ、そうだな」
ティモシーさんが複雑そうな顔で頷く。
「ご領主やご令嬢にもよろしくお伝えくださいね」
「うん、分かった。 伝えるよ」
ヨシローは肩の荷を一つ下ろしたように笑った。
いやいや、交渉はこれからだからな?。
そして僕は立ち上がった。
「では、日取りが決まりましたら、ワルワさんのところにいるモリヒトの分身にお伝えください」
お帰りはアチラ、とモリヒトに合図を送った。
結界で二人を包み込んだモリヒトごと、彼らの姿が消える。
僕の部屋の入口の結界を解除したとたん、トスとガビーが部屋に入って来た。
「あれっ、帰っちゃったの?」
「ああ」
トスが何故か残念そうにしている。
一緒に帰りたかったのかな。
「漁師のお爺さん宛に手紙を書いていたようなんです」
ガビーが教えてくれた。
「そっか、ごめん。 でも、後日、町へ行く用事が出来たから、その時に持って行くよ」
「そうなん?」
「うん」と頷く。
こいつも早く町へ返してしまいたいなあ。
トスを詳しく調べてみると、少しでも魔法を使おうとすると魔力が体から溢れて止まらなくなることが分かった。
ダダ漏れだから魔法も使えないし、魔力を好む魔獣に見つかると呼び寄せてしまうことになるので、町に居るだけでも危険なのだ。
タヌ子が幼獣の間、他の魔獣や魔魚に狙われていたのと同じ。
今はタヌ子も成獣に近いので、魔力を制御出来るようになっている。
おそらく魔獣の本能ってヤツだろう。
普通なら、元からある人族の魔力量はごく僅か。
だが、トスの場合は普通の人族の成人より量が多くて強い。
まあ、エルフほどではないがな。
彼自身がきちんと制御することを覚えないと、一生町に戻れず、魔獣に追われ続けることになる。
それが嫌なら魔力を再封印してしまえば良いと思うが、この世界は誰でも最低限、生活に必要な魔法が使えることが当たり前なので、全く使えないと生活に支障をきたす。
「できるならば、トスが早く魔力制御が出来るようになって、町に帰ってくれるのが一番良いけどな」
「うっ」
顔を逸らしたトスに、ガビーが微笑む。
「大丈夫ですよ、かなり上手くなってます」
固形墨を磨らせるより、ガビーと何か作っているほうが魔力制御が上手くできるようになったみたいだ。
やっぱやりたい事をやらせるのが一番だってことか。
「墨を磨ってたお蔭ですね」
ガビーが笑顔で弟子のトスを褒めていたのに、なんで墨のお蔭になるんだ。
「いや、ガビーのお蔭だろ?」
ガビーが師匠なんだし。
トスが首を横に振る。
「あのさ、アタトの字を見てたら分かったんだ」
え?。
「アタトは文字を書くのが好きだろ?。 だから、それに全力で魔力を向けてるからアタトは安定してるんだって」
「へえ、そうなのか」
そうかも知れない、そうじゃないかも知れない。
だけど、僕でも知らなかったことにトスは気付いたんだ。
子供の感性ってやつか。
理屈や根性じゃなくって、感じるままに。
「よし。 それじゃあ、トスの魔力ダダ洩れがどこまで治まったか見せてくれ」
「ぎゃっ」とトスとガビーが声を上げる。
なんだよ、上手くなったって言ったじゃないか。
実際、やらせてみる。
……イマイチだった。
『ただいま戻りました』
夕食の準備が始まった頃、モリヒトが戻って来た。
「お帰り。 遅かったな」
『ええ、どなたかのお蔭で話し合いに巻き込まれましたので』
へえ、誰のせいかなあ。
『これをお渡しするように言われました』
ティモシーさんから日程を書いた手紙を受け取って来たらしい。
これが書きあがるのを待ってたのか。
『なるべく早いほうがよろしいのでしょう?』
僕は頷く。
「当たり前だ。 人ってのは長引くと余計なことを考えるからな」
話し合いは二日後、ヨシローの喫茶店で、となっている。
「じゃ、頼むね」
モリヒトにそう言って手紙を返すと、睨まれた。
『私はアタト様の眷属なので、主人の命令で魔法は行使いたしますが。
アタト様はわたくしに「間違った時は指摘しろ」と仰っていました』
あー、はい、言いました。
『アタト様とご一緒でなければ、わたくしは動きませんよ』
「はーい、了解」
不参加はダメらしい。
トスが食器を配りながら僕を見る。
「アタトって、年寄り臭せえよな。 やっぱエルフって長生きやから?」
う、うるせぇ。
「お前は黙って、早く魔力を制御出来るようにしろ」
「ぎゃっ」と、トスとガビーが同時に声を出す。
師弟関係は息ピッタリなようで何よりだ。
その夜、いつものようにトスが僕の隣で墨を磨り、ガビーは本を開いて銅版栞の模様を考えている。
僕は筆を持ったまま、昼間聞いたティモシーさんの姉の話を考えていた。
一人の女性の幸せを壊してでも王族が欲しがるものって、一体何だろうな。
それが気になって集中出来なかった。




