第五百三十九話・お茶会の王女たちと菓子
ティファニー王女とパメラ姫とのお茶会をやることになった。
僕は遠慮したかったが、何故か同席を求められる。
「では、出されるものくらい選ばせてください」
女性たちにはスポンジケーキに生クリーム、苺の乗ったショートケーキが用意されていたので、コーヒーにミルクを入れたものをお願いする。
僕には玄米茶と煎餅を侍女に頼んだ。
「お煎餅ですか?、ございますけど」
やっぱりな。 餅米があるなら、絶対作ってると思った。
ハッキリ言って王女の城にいる約20人ほどの『異世界関係者』は、年齢層はほぼ中年以上。
この世界に生まれて長いということは、それだけ経験も豊富で、色々と実験も繰り返して来た方々だ。
だからこそ、市場に出ていないのに、ここにだけは欲しいものがある。
来て良かった!。
『異世界の知識』で作るものに国が口出しするのは仕方ないが、単なるお菓子まで規制するのはおかしいよなあ。
それとも、市場に出すほどのものじゃないと切り捨てられたのかもな。
「なんなの、この差は」
パメラ姫がまたプンプンしている。
ケーキと煎餅を見比べて、僕が差別されていると思って怒ってくれたのか。
でも違うからな。
「好みの問題です」
僕はこっちが好きなんだから気にするな。
「それより、どうぞ。 食べてみてください」
ティファニー王女は大人の対応だな。
「え、なにコレ。 きれー、おいしー」
顔が溶けてるぞ、パメラ姫。
エテオールにはスポンジケーキはあまりない。
カステラがみっちり詰まった感じのロールケーキくらいかな。
王宮でも焼き菓子が中心だ。
例外はヨシローの店。
「辺境地は酪農が盛んなんだからクリームを作らないのは勿体無い」
と、ヨシローの店でだけこっそりショートケーキを出している。
モリヒトも、あの店のお酒を使ったケーキは好んで食べていた。
なんなら自分の保管庫に隠してるかもね。
僕は煎餅の方がいい。
「美味しいです、ありがとうございます」
玄米茶を運んで来た侍女にお礼を言うと、
「煎餅は私たちのおやつなんですが、本当にコレでよろしいのですか?」
と、心配された。
「勿論です」
パリパリッ。
マテオさんは、さっそく仕入れ交渉をしている。
「モリヒト、何枚か保管庫に入れといて」
『承知いたしました』
国に帰っても煎餅が食べたい。
調理方法のメモをもらう。
「出し塩味なんですね」
かつぶし粉の出し汁と塩で作られた出し塩味だ。
醤油味は無いらしい。
実に残念である。
醤油と聞いて、マテオさんが訊いてくる。
「アタト様のところの魚醤のことですか?」
「魚醤があるんですか!?」
侍女のおばさんが食い付いた。
「辺境地には昔から普通にありますよ」
漁港があるので。
「羨ましい」
侍女さんは本気でそう思っているらしい。
エンディ領には薄味が、辺境地には魔力の多い濃いめの魚醤がある。
販売を始めたのは最近だけどね。
「魚醤くらい、こちらの国にもありそうですけど?」
僕が首を傾げると、高齢の男性が頭を掻く。
「恥ずかしい話、わしらの仲間には漁港の町の出身者がいないんじゃよ」
へえ。
魚は手に入るが干し魚や魚醤は地元のみの消費で、首都では手に入らない。
僕はおばさんに「お礼です」と醤油飴を差し出す。
「これは魚醤で作ったノド飴という医薬品です。 ご入用でしたら注文は受け付けてますよ」
マテオさんがウンウンと頷く。
濃味と薄味があり、薄味は単なる菓子であることも説明した。
「是非!、お願いします」
申し訳ないが魚醤のほうは、今は手一杯なので無理かも知れないと言うと残念そうに眉が下がる。
発酵の技術があるなら大豆の醤油や味噌もありそうだが、やはり植物も違うので難しいようだ。
魚醤も作れそうだが、今の国の状態では『異世界の記憶を持つ者』からのお願いは聞いてくれそうもないらしい。
色々と邪魔臭いことになってるなあ。
「あっ」
僕はつい声を出してしまう。
「な、何?」
「どうかされましたか?」
王女ふたりがビクッとする。
あはは、ごめん。
「国に持ち帰るお土産を考えていたんです」
そろそろ日程も迫って来ている。
マテオさんと確認していく。
「餅米と餃子の作り方、煎餅もですね」
僕はウンウンと頷く。
「米の酒、作りたいなあ。 ティファニー殿下、許可してもらえませんか?」
もし、この国では無理なら、製造方法、もしくは指導者を派遣してほしい。
ティファニー王女は顔を顰めた。
「アタト様は恩人ですし、出来るなら願いは叶えたいのですが」
とにかく、今は時期が悪い。
「宰相は『異世界人』をまだ増やすつもりらしいですし、国民の反発は高まるばかりで」
そんな他国の事情はどうでもいいが、欲しいものが手に入らないのは残念だ。
「一度、国に帰って出直ししましょう」
マテオさんは商店主に報告しないといけないので、すぐに手に入らなくても構わないんだよなあ。
「契約書だけはキチンとしてもらいますよ!」
そーしてくださーい。
そして肝心なことが、もう一つ。
「生きていたという、例の貴族様はどこにいるんでしょう」
「まだ分かりません」
と、ティファニー王女は顔を逸らし、
「なんのこと?」
と、パメラ姫はキョトンとする。
この部屋にサンテがいないことは確認済み。
パメラ姫と共にこの部屋にいるのはキランとティモシーさんと女性騎士さん。
サンテは御者のおじさんと馬の世話をしている。
「まだ確定ではありませんが」
ティファニー王女は顔を逸らしたまま答えた。
「昨日、押しかけて来た貴族がいたでしょ?。 彼らの勢力に関係しているようです」
そこまでは分かっているが、具体的にどこにいるのかまでは分からないらしい。
「そうですか」
僕はチラリとモリヒトを見る。
「僕たちが王女殿下の依頼で探索することは可能でしょうか?」
国家間で諍いになるのは僕としても避けたい。
「出来るのですか?」
背けていた顔を戻し、僕を見る王女。
「勝手にやってもいいんですが、大義名分があった方が動きやすいので」
犯人は反王女派なのか、親王女派なのか不明だが。
それでも命のあるうちに。




