第五百三十五話・王女の城の中で
食後のお茶は焙じ茶だった。
この世界は普通のお茶というと緑茶で、それがティーカップやマグカップで出て来る。
辺境地でもヨシローが指導した喫茶店では番茶を焙じたものが飲めるが、ここの焙じ茶はすごく香ばしい。
「美味しい」
じんわりと心に染みる味だ。
「はっきり言って、怪しいのはその高位貴族の婚約者ですかね」
大使の話では王女派の貴族家だったはずだ。
僕はティファニー王女の様子を伺う。
「わたくしには、なんとも」
そうですかー。
まあ、苦しい表情で丸分かりですがね。
ティモシーさんが何か言いたげなので、僕は黙る。
「あの、最近の事業のほうはいかがですか?。 噂では少々難航していると聞きましたが」
王女の事業というか、推進しているのが『異世界の記憶を持つ者』たちの保護だ。
これは彼女個人というより、大国自体が昔から推奨して来た事業である。
かなり昔、この世界に『異世界の記憶を持つ者』や『異世界人』が突然、各国に現れ始めた。
その記録をまとめた神官がいたらしい。
彼は、その『異世界人』たちの多くが悲惨な運命を辿ったことを知り、助ける決意をする。
「まずは保護し、元の世界とは常識が異なることを説明せよ。 職を与え、自活させて普通の生活が出来るように指導する。 ただし、支援は最低限に」
全ての教会に通達され、教会主導で実施、教会警備隊が監視することになった。
しかし、大国ズラシアスは大っぴらに『異世界の記憶を持つ者』や『異世界人』を優遇し始める。
それが彼らのため、国民のためだとして。
『異世界人優遇措置』
各地で発見された彼らを保護するため首都に集め、王族が指名した家が事業を管理する。
確かに、彼らが作り出した物で世の中は便利になり、珍しい品の交易により国は豊かになった。
そして、現在。
『異世界の記憶を持つ者』や『異世界人』と、一般の国民との格差が問題になっている。
たいして能力もない者たちが仕事場や生活環境で優遇されているからだ。
「そんなにたくさん優遇されている人がいるとは思えないんですが」
エテオール国で発見されたのはヨシローただ一人。
いくら大国は広いからといっても、普通の国民から反感を買うほど多いはずがない、と思われたが。
「ええ……実は何十年か前、『異世界の記憶を持つ者』や『異世界人』の意思を確認するための魔道具の管理が、教会から国の官僚に移ったの」
昨日、神官長から聞いた件か。
「その頃から増え始めて、今はかなりの数が国の関係機関で働いているわ」
最初は、優秀な者を他の領地や小国から「優遇」を餌に引き抜いて来た。
「彼らが『異世界の記憶を持つ者』や『異世界人』だと魔道具で確認したと言われると、誰も文句は言えません」
しかし、段々とその数が増え、その上、彼らはまるで高位貴族のように振る舞い始めた。
「最初は指導者として優遇していたのですが、あまり能力が高くない者も増えました」
特にそういう者ほど、下で働いている者たちに対し高圧的になったという。
王女の元に苦情が寄せられるようになる。
「ちゃんと結果を出している家もありましたが、悪い噂のほうが広まるのは早くて」
いつの間にか、『異世界の記憶を持つ者』や『異世界人』は怠惰な悪人とされ、彼らを雇っている貴族たちを国民の敵だと煽る噂が流れた。
「それで、国からの依頼で彼らを預かっている貴族家を、王族の優遇政策に反発する派閥が襲ったのです」
顔を顰めたティモシーさんが訊ねる。
「それで、貴族家を襲ったのは間違いなく反対派なんですよね。 そいつらは捕まったのでしょう?」
優秀な大国の兵士たちなら、すぐに犯人たちを捕まえて牢に入れただろう。
「それが」
警護の父娘が顔を歪めた。
「悪人である『異世界の記憶を持つ者』や『異世界人』を匿う罪人だと、逆に貴族の方が捕らえられ、あっという間に処刑されたのです」
反対派の後ろにいたのもまた高位貴族だったからだ。
「なんということを」
サンテの父親の事件のことだろう。
ティモシーさんは痛ましそうに目を閉じた。
僕は、ハァーとため息を吐く。
「なんだ。 ただの欲深い貴族たちの争いじゃないですか」
「アタトくん?」
驚いて顔を上げたティモシーさんが、僕を訝しげに見る。
王女や護衛の父娘は僕を睨んだ。
「そんな簡単な話ではない」
僕は護衛の爺さんに向かって首を傾げた。
「えー、そうですかあ?。 僕には何が問題なのか、分かりませんね」
犯人をとっとと捕まえて処罰すれば良いだけだろ。
「あの、アタト様?。 少し難しいかも知れませんが、国にとっては重要な問題なのですよ」
王女はオロオロしながら、僕が子供だからと優しい口調で話す。
「ええ、分かってますとも」と、僕は頷く。
手を挙げて侍女を呼ぶ。
「この焙じ茶をもう一杯頂けますか?」
「は、はい」
彼女は早足で部屋を出て行った。
「アタトくんは何をする気なんだい?」
ティモシーさんとは、それなりに気心が知れた仲になってきたな。
僕はニヤリと笑う。
「まずは現状の把握からです」
侍女が焙じ茶を運んで来た。
「ありがとうございます。 すみません、もしかしたら、ここには玄米茶もあるんですか?」
「あ、はい、ございますがー」
と、そこで慌てて口を閉じる。
「アタト様」
ティファニー王女が僕を咎める。
僕はクスクスと笑いながらお茶を飲む。
「何故、彼女たちを隠す必要があるんです?。 ここは『異世界の記憶を持つ者』や『異世界人』の拠点なんでしょう?」
侍女がビクリと体を揺らす。
王女が彼らを保護しているのは誰でも知っているのに、どうして今さらビクビクしているのか、僕には分からない。
「こんな時こそ、彼らに意見を聞けばいいのに」
優秀な人材なんでしょ?。
「アタト様には敵いませんね」
そこへ使用人の男性が入って来た。
「あの、ティファニー殿下に言伝が」
面会を求める先触れが来たようである。
その面会希望者が書かれたカードを見て、王女は嫌そうな顔をした。
「リザーリス大使の婚約者ですわ」
間もなく到着する。




